家出判明の朝


「ユリアがいない……?」
サキエは侍従の報告に、パンを取り分ける手を止めた。
アシュレイも顔を上げたが、次の言葉を促すように黙ったままだった。
ユージンはスープの香りを楽しんでいたが、表情を引き締めて侍従の方を見た。

「はい、城のどこにも……そしてお部屋の机の上に、こんな物が」
侍従は焦燥感漂う表情で一枚の便箋を差し出す。
サキエが受け取り見てみると、それにはユリアの筆跡でごく短い文がしたためられていた。

『敬愛する父上と母上、兄上へ
ラズルーンを探しに行きます
ユリア』

「……」
サキエから手渡された手紙を読み、アシュレイは眉間に皺を寄せた。
ユージンは手紙を読んでヒュー、と口笛を吹いたが、アシュレイに厳しい表情で見つめられ肩をすくめた。

「お着替えが数着と、厩からユリア様の愛馬でいらっしゃいます月の雫と馬具一式、厨房より日持ちのする食糧いくつか、ユリア様の貯金箱も一緒に見当たらなく……」
侍従は更に報告を続けたが、アシュレイの表情に生きた心地がしないようで、助けを求めるようにちらちらとサキエの方を見やる。
サキエは侍従の方を見て問うた。

「そなた、手紙に目は通したのか?」
「は、はい……封筒に入れられておりませんでしたので……しかし」
「?」
「どうしても読み取れない箇所が……ユリア様が探しに行くとおっしゃる何かがわかりません」
「そうか……」
手紙で真っ先に危惧したのはラズルーンの名前があからさまであった事なのだが、侍従の言葉を聞き、ラズルーンの名前は何かで守られているのだろう、とサキエは思った。

「そなたも肝を冷やした事だろう……とりあえず、今は下がってよい」
「はっ」
サキエの労いに、侍従は縮こまるように部屋を後にした。

「……何故ユリアがあいつの名を知っている?」
アシュレイがぼそりと呟く。
サキエはうーん、と虚空を睨んで、ふと思い浮かんだとばかり声を上げた。
「あ」
「何だ、心当たりでもあるのか?」
「以前にユリアを見て、思わず、ラズルーンに似ている、と言ってしまった事が」
「…………」
アシュレイの眉間の皺が深くなった。
「アシュレイ、そう怒らないでくれ」
サキエが苦笑しながら彼のそばに寄り、指先でその皺を消すように眉間をなぞる。
アシュレイはされるがまま、ため息をひとつついた。
「別に……怒ってはいない。それで、これからどうする?」

ユージンは祈るように母を見つめた。
それを知ってか知らずか、サキエはにこりと笑って言う。
「勿論、朝食を食べるに決まっておろう」

ユージンは小さくガッツポーズをし、アシュレイは目を見開いてサキエを見上げた。
が、アシュレイはすぐ目を伏せ、やれやれと息を吐いた。
「ああ……、そうだな。そうしよう。それにしても……」
「うん?」
「いや、お前らしい判断だ」

アシュレイの言葉に、サキエは微笑んだ。
「……ユリアも、ちゃんと朝食を食べていれば良いが」



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