頭上には、月。
「綺麗だ」
思わず呟いて、ほうと息を吐いた。
月の光のように儚い印象を与えるらしい、元々私が所属していた種族。
実は魔法なしでは夜目が効きにくいと、意外と知られていない気がする。
隣に佇む彼女が元々所属していたような、夜行性の動物を守り手に持つ獣人族の方が、夜には強い。
植物に憑かれたエルフ族は、月光よりも日光を好んでいた。
全て、今の私には関係のない話だ。
私はもう純粋なエルフではないし、彼女ももう純粋な猫獣人ではない。
お互いに魂が混ざり合い、種族も混ざり合った。
流石に排他的で歪んだプライドを持つエルフ族に罰せられそうになり、逃げ出して、未だ安息の地には辿り着かず。
禁忌の森、など良いと思うのだがな。
今も昔も捥がれた羽に焦がれ、空を願うエルフ族。
空に戻りたいと願うあまりに禁忌を犯したエルフが眠ると伝えられる、エルフ族にとっての禁忌の森。
獣人族にとっては単なる不気味な森の一つでしかなく、特に向かう先としてエルフ族ほどの忌避感はないと聞いた。
そこまで昔のことなんて、いつまでも気にしてちゃ前に進めなくね? と、今も隣にいてくれる彼女が言った。
「今宵の月は、ますますもって色鮮やかだな」
もう一度囁くと、彼女は首を傾げた。
「そっかぁ? 前からこんなもんだったと思うんだけどねぇ」
「いや、そんなことはない。かつての月は、ただ冴え冴えと銀の光を投げかけてくるだけだった」
「へぇ、銀一色ってかい? それは、だいぶ損な見方だね。今日みたいに赤っぽい日もあれば、前の満月みたいに青い日もある。それが月ってもんだろうに」
彼女の性質が少し混ざったからこそ、夜間に起きることが以前よりも楽しくなった。
更には、暗闇に浮かぶ白銀の月の鮮やかな対比も、彼女の言うような薄紅色や淡青色の滲みも見えるようになった。
しかし、それだけではない。
それだけでは、きっとないのだ。
一度は色褪せてしまった世界が、今、こんなにも色鮮やかに感じられるのは。
かつて、人間に似た迷い人が、残した言葉あある。
「『月がきれいですね』とは、よく言ったものだな」
彼女が、その言葉を知っているかはわからない。
いや、さっきまでは、わからなかった。
「ちょ、アンタ、いきなり何言い出すんだい!?」
「わかってくれるとは思っていなかったよ、私の羽」
「だぁかぁらぁっ!! そんな嬉しそうにするな!? このロマンチスト族め!」
思わず笑みが深くなる。
私の羽、運命の半身は、それでも言ってくれるのだ。
きっと、私みたいに飾ることもなく、とても素直な言葉で。
「アタイだってアンタのコト、愛してるんだからな!?」