Side R 01

 元々、ゲームなんてそんなにやる方ではなかった。
 反射神経鈍いし、頭の回転も良い方でもないし、唯一ゲーマーになる要素があるとすれば、ハマった時の根気だけ。
 競争する要素が得意ではなかったから、育成ゲームの中でもマイペースに遊べる箱庭系ばかり選んでた。
 ただひたすらボタンをポチポチして、花や木を育てて、ペットを呼び込んで。
 それを他人に見せるなんてことは当然なく、ただ一人でニヤニヤしながらボタンを叩いてた。
 そこにあるのは夢のような世界だったけれど、生憎とリアルが忙しくなるにつれ、そうしたゲームとも疎遠になっていった。
 だから、いつの間にか世の中が進歩して、ネットゲームなんかがものすごく発達して、なんて話を聞いても、正直ちょっと他人事だった。
 それはそれで楽しそうではあるのだけれど、時間ないし、一緒に遊ぼうとなると色々気を遣いそうだし、聞いているだけでおなかがいっぱいなんだと言っていた、のに。
 招待特典が欲しいから、招待されてくれと頼まれた。
 ゲームなんてやらない、とは伝えたものの、相手の方が一枚上手だった。
 招待される側にも特典がついてきて、その特典が心くすぐるようなものだったのだ。
 ついうっかりと招待されてしまった程度には。
 具体的に言うと、とあるVRゲームで各プレイヤーが持つ固有空間に、限定プレゼントで珍しい花の種が貰えるというものだった。
 その固有空間はミニゲーム要素的なもので、ペットや植物を育てる為の箱庭空間だった。
 箱庭空間!
 限定植物!
 何と気になる響きだろうか。
 そんなわけで、かつてのツボを的確に突かれてしまったものだから、久々にゲーム機を手にしている。
 最近のVRゲーム機は、ごついメガネのようなゴーグルのような形をしており、ゲームによっては現実世界とかなりリンクしていたりするという。
 本当に、世の中の進歩はよく解らない。
 よく解らないと言えば、招待してきた友人もだ。
 最新のゲーム機を買ったからといって、そんなに易々と他人に高価なゲーム機を渡してしまうとは、これ如何に。
 中古屋にでも持っていけばそれなりの値段になっただろうに、そこまでして招待特典が欲しいものなのだろうか?
 釣られた身では強くは言えないが。
 誘われたゲームの名前を確認して、少し微妙な気分になる。
 フェイスフィアオンライン……か。
 略称は、FO。
 フェイ、すなわち妖精の作った世界という意味らしいが、それならせめてフェイズスフィアにすれば良かったのではないか?
 フェイスフィアでは、恐怖に対面せよ、とも読めるではないか。
 公式サイトの導入にも目を通す。
 ファンタジー一辺倒の世界かと思いきや、微妙にSFの要素も混じっているように見える。
 なんだ、プレイヤーは女神に召喚されたとかなんとかじゃなくて、コールドスリープから覚めた神話以前の人類なのか。
 そして、謎のウイルスの効果で変貌する……とな。
 夢があるんだか、ないんだか。
 これは、あれか?
 将来的にサイバーな要素をアップデートする予定でもあるのか?
 謎のオーパーツが遺跡から、なんて展開が透けて読めるぞ、運営よ。
 せめて、何らかの統一性は保っておかないと、ロクでもないことになるぞ。
 ……まあ、相手はプロだ。
 何とかするアテはあるのだろう。
 続いて、プレイヤーとして選択できる種族の説明頁に移る。
 せっかく箱庭空間と花の種がもらえるのだから、植物に関係する種族を選びたいと思う。
 正確には、植物関連でスキルの得やすい種族、か。
 なんでも、FOというゲームはジョブとスキル周りの設定がやや複雑で、一昔前のゲームのように、ジョブを決めてから固定化されたスキルを得るのではないらしい。
 自らの行動や種族特性、クエストによってもスキルを取得・成長させることができ、ジョブはスキルから決められてくる一方で、やはり特定の職業に就くことで得られるスキルもあるというのだ。
 職業とジョブが、別物。
 なんともややこしい話だ。
 例を出すと、剣術というスキルを得ることで剣士というジョブを名乗れるようになるが、職業は冒険者だったり騎士だったりする。
 パーティやギルドではジョブが重要になるだろうが、職業はまた別の話、ということだ。
 一昔前のゲームなら、職業なんて皆、冒険者的な何かだったと思うのだが。
 そんな訳で、スキル制、というらしいこのシステムでは、どんなスキルを得たいか、を重視してキャラメイクからの行動を考えないといけない。
 種族によって限定スキルやスキルの限定が生じるのだが、選べる種族がこれまた多彩で、目的なくゲームを始めた場合はさぞ混乱することだろう。
 自分の場合は、話は単純だ。
 箱庭空間で植物を育てたい。
 だから、植物に関連するスキルを得るために、植物に関係のありそうな種族を選ぶ。
 今のところ、候補はドリアード族か、エルフ族。
 後は……サピナ族、も一応考えておくか。
 ドリアード族やエルフ族は名前からして分かりやすい。
 ドリアードは英語で木の精霊のことだし、ファンタジーなゲームにエルフ族や類似種族がいなかったなんて例はあまり聞かない。
 サピナ族というのは、いわゆる人間族の事で、ステータスは平均的だが全体的にスキルが取得しやすいらしい。
 うーん、後から何かやりたくなる時のことを考えたら、サピナ族も考えたほうが良いのかもしれないけれど。
 正直な話、そこまでやり込む時間なんか無いんだろうなぁとも思う。
 となると、やはり最初に考えた通り、ドリアード族かエルフ族だ。
 植物に擬態もでき、植物を枯らすことなくその素材をゲットできるドリアード族。
 或いは、ドリアード族に次いで植物関連のスキルを取得でき、更に多彩な魔法を楽しめるエルフ族……か。
 うーん。
 箱庭空間を楽しむなら、ドリアード族かな。
 ゲームそのものにも本腰を入れるならばエルフ族有利な気もするけれど、多分自分の事だから、引きこもる。
 ついでに、魔法がいっぱい覚えられても、覚えきれるとは思えない。
 それに、エルフ族だと植物から素材を回収するときに枯らしてしまうかもしれないし、やっぱり慎重にドリアード族。
 よし決めた、ドリアード族にしよう。
 ドリアード族の説明を読むと、あまり自らの歴史を語らない、とある。
 ふむ、じゃあスキルには、植物知識を入れておこう。
 種族によってスタート地点が変わってくるらしいけれど、この調子じゃドリアード族のスタート地点に何があるか、分かったものじゃないから。
 種族による固定スキルには、植物擬態、光合成、植物魔法、共通語があるようだ。
 ……多いな!
 初期スキルが十個までということを考えると、これはなかなかに厳しいと思う。
 何せ、植物育成に必要そうな水魔法の素養、光魔法の素養、そしてさっきの植物知識で、半分以上があっという間に埋まった計算だ。
 残り三つのスキルをどう取るか……。
 気配察知とマッピングは後で連動してくるらしいので、取っておきたい。
 残り一枠。
 一応、魔法が使いやすくなるそうなので、魔力操作も取るか。
 スキルは行動によっても勝手に増えて、その場合は枠ごと増えるそうなので、自力で取れなさそうなもので考えてみた。
 あー、でも、悩む。
 マッピングは、もしかして後からでも取れないだろうか?
 自力で地図を描いてみれば取れたりしないか?
 マッピングは外す。
 代わりに取ったのは、治癒魔法の素養だ。
 光魔法かと思いきや、別に出てきた。
 これ、引っかけなんじゃないのか?
 引っかけだよな?
 取り敢えず、どうせソロプレイになるだろうし、回復大事。
 あとは、SPと呼ばれるポイントを割り振るだけだな。
 スキルの経験値代わりにも、ステータスの補強にも使えるというこのポイントが、また悩みの種だ。
 どちらも勝手に育つが、育ちきらなさそうなものにどう優先順位をつけて補強するかがポイントなのだろう。
 ポイントだけに。
 ……ごめん、滑った。
 SPも合計十ポイントだ。
 となると、魔法の素養系を全部強化して、魔法に格上げしてしまう。
 魔法の素養を手に入れるには、本来ならば魔法書を購入して読む必要がある。
 そして、魔法に格上げするには魔法学院に足を運ぶ必要があった筈。
 どれもこれも、ドリアード族のスタート地点にあるかは怪しい。
 三つの魔法に対してポイントを二つずつ消費したので、残りポイントは四。
 ステータスにも振るか。
 知力と素早さと運に欲しい。
 ドリアード族のステータスは、素早さがやや低く、精神力が高いように見える。
 よし、最後のポイントも素早さかな。
 後戻りは、リセットすればできるけれど、正直そろそろ面倒だ。
 次は見た目の設定だな。
 ……ん?
 何かが光っていることに気付き、そこにカーソルを合わせる。
 どうやら、入手する特典の種との兼ね合いで、髪の色の制限が、緩くなるらしい。
 普通のドリアード族なら、緑系統の色しか選べないそうだ。
 それは……うーん、どうしよう、悩む。
 下手に目立つのもなぁ……。
 そう思う一方で、折角の特典なら試してみたいという気持ちも捨てきれず。
 貰える種の名前を確認すると、『虹の種』とある。
 この種のネーミングから考えると、大体の色は通ってしまいそうな気もするのだが……。
 一度、キャラクターの全身を確認する。
 あまり華奢でもなく、太り過ぎというわけでもなく。
 長い髪を後ろに流した、少女とは言えないものの、若い女性。
 腕や足には、蔦が緩く絡まっている。
 よく見ると、髪の色と蔦の葉の色が、同じだ。
 地球と同じような歴史を辿った末の世界なら、他に光合成を行うのは、紅藻。
 つまり、赤っぽい色なら、まだあり得るのではないかとか思ったりもするのだが……。
 ここは敢えての、青紫で。
 地球産なら、あんまり普通じゃなさそうな色。
 どうせなら、ファンタジーを少しだけ味わっても、良いんじゃないかな?
 一瞬、ピンクがかった色にしてふわふわと緩く巻いた髪でも可愛いかと思ったけれど、今も悩んでいるけれど……。
 ううう。
 ごめん、もうちょっと悩ませて。
 最終的にああでもない、こうでもないと迷った末、オールド・ローズという名前の色にした。
 やや紫がかったような、灰色がかったような褪せた薔薇色である。
 冒険しきれなかった。
 が、昔、身に着ける色として勧められた色でもあり、これはこれで良いのではなかろうか。
 どうせ中の人は自分だ。
 暖色系の色を使ったので、髪はストレートではなく、ウェーブがかった感じにする。
 これで、少し優しい雰囲気になったと思う。
 目の色は、今度こそ、紫色。
 さて、キャラクターの設定は、これで良いだろうか。
 ああ、そうだ。
 プレイヤーネームを忘れていた。
 メール認証だから、被っても問題なかった筈だ。
 ……ローザ。
 髪の色に因んでみた。
 ファンタジー世界っぽい名前なら、これで。
 あんまり、浮かないだろうとは思う。
 よし、今度こそ、設定するものは全て設定できたかな。
 早速、ゲームを始めてみようか。


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