Fairy Tales
~名もなき神の夢物語 外伝~

――時を隔てて なお
想いはめぐりゆく――



※注:この物語は完全なるフィクションです。

 その日も“僕”はあてもなく旅をしていた。気の向くまま、足の向くまま、ぶらりぶらりと“世界”を見て回るのが、“僕”の好きなことの一つだからね。
 その日は珍しくも、人に出会うことになった。珍しい、というのは、“僕”が“森”の中を探索していたからで、鳥の歌に耳を傾けてみたり、足下の草花や落ち葉をスケッチしてみたり、なかなかにのんびりとした過ごし方をしていたところ、“彼”に出会ったというわけ。
 どうやら“彼”の方でも意外だったらしい。“彼”の住んでいるという小屋に案内してくれ、そこでお互いに自分の知る話をすることになった。ま、今更言うまでもなく、“僕”は旅の間に見聞きした出来事を語り、“彼”はやけに熱心に聞き入っていた。ちなみに“彼”は自分がこの“森”の“祠守”、いわば番人のようなものだと自己紹介した上で、言った。
 ――この“森”には“幽霊”が出るんです。くれぐれも気をつけて下さい、と。
 でも“僕”は大して気に止めなかったんだ。“彼”の真剣な眼差しに、気づいていながら……。
 “彼”といったん別れた後も、“僕”は“森”の中を歩き続けた。“彼”の言っていた“幽霊”を全く信じていなかったってわけじゃないよ。ただ、いるなら会ってみたいなっていう程度の、ほんのちょっとした好奇心があっただけさ。
 “森”のわりと奥に“遺跡”を見つけたんで、“僕”はそこに一夜の宿を求めようと思い立った。
 森の遺跡というよりは、何だか低地、それも低湿地帯の遺跡のように思えなくもない、今にも崩れ去りそうな“遺跡”で、“僕”は眠りについた。

 旅人さんですか、と“少女”が尋ねた。そうなりますね、と“僕”は“彼女”に答えた。
 やけにだだっ広い“村”だ。人気が全く感じられないのがちょっと気になったんだけど、そんなことを口にしてはいけないような気がして、“僕”は違和感をしばし意識の奥にしまいこんでおくことになるんだ。
 “僕”も様々な話に興味があるようだと思ったのか、“彼女”は“僕”を“村”の書物庫らしい場所にさそい、二人でそこにいりびたる日が続いた。
 “僕”はひたすら書物を読みあさった。全く、こんなさびれた村にしては、あんまりにも豊かすぎるほどの書物だったさ。すごいですね、って感想を言ってみたら、“彼女”は何て言ったと思う?
 はにかんだように笑って、言ったんだ。ここの人は“外”の人から話を聞くのが好きなんですよ。だから忘れないようにそうして聞いた話を書き留めていたら、いつのまにかこんな量になっていたんです、と。
 一瞬“彼女”をまじまじと見つめちゃったよ。こんな量の本を書くには“彼女”はあまりに幼く見えたし、“彼女”が書いたとすれば、この本の量は常識外れに多いように思えたから。
 そう、じゃあ“僕”も何か話をした方が良いのでしょうね、と“僕”は言った。内心で、“彼女”の書くスピードに興味をいだきながら。案の定、“彼女”は目を輝かせて即答してきた。ええ、是非お願いします、と声までが弾んでいて、けっこうほほえましかった。
 ……奇妙な既視感があった。“僕”はほぼ無意識のうちに、“彼”のことを思い起こしていたんだ。――“彼”もまた、“僕”の話を熱心に聞いていたっけ……
 勿論そんな思いはおくびにも出さず、“僕”はまた語り出した。その気になれば語ることはいくらでもある。それが“僕”の“僕”たる由縁の一つだからね。かなり不本意ではあるけれど。
 その“僕”の話を、“彼女”は目にも止まらぬ速さで書きつづっていった。“僕”でさえ、少々本気にならなければこんな風には書けないってくらい、それは素晴らしいスピードだった。思わず目が奪われたほどさ。
 そうやって“僕”は“彼女”の請うまま、時を忘れて話していたんだ。

 大丈夫ですか、とやけに切羽つまった声がした。
 一体どうしたっていうんだろう? ちょっと煩しく思いつつ、“僕”は目を開けた。
 心配そうに覗き込んでいた“彼”の表情が、ほっとしたように緩むのが見えた。
 ……ってことは、さっきまでのは全部“夢”? そして“彼女”が……幽霊!?
 そんな“僕”の様子に気付いているのかいないのか、“彼”は安心した感じの声で言った。
 よかったぁ……。死んでいるかのように見えましたよ。
 まぁ、それは決してありえないことではあるけれど、ね。“僕”が微かに苦笑したのは、気付かれなかったようだ。
 で、死んだ人がいるのですか、って聞いてみたら、そういう訳ではないのですが、と口ごもる。何か隠してそうなのは、明白だった。
 といっても、隠しておきたいことがあるのなら、それは別に“僕”の知ったことじゃあない。だから、“僕”は単に話題を変えるつもりで、何気なく言ったんだ。
 そういえば、“現実”と間違えそうなくらいリアルな“夢”を見ていたような気がします。“女の子”の“夢”だったと思うのですけれど……ってね。
 “彼”の顔色が変わった。
 “彼女”に会ったのか!? と、ほとんど食らいついてくるような勢いで言われた。“彼女”に……会ったのですか、と“彼”が再び、今度は沈んだ調子で言うのには、数秒の時を要したようだった。
 “彼女”とはどういうことですか、と尋ねた“僕”に、“彼”はどこか思いつめた様子で言った。
 ……そうだな、“君”になら見せてもいいかもしれない……。ついてきてくれますか?

 “森”の、おそらくは最深部だろう。“湖”があって、その中央に大きな水晶が浮かんでいた。
 これがこの“森”の“祠”です。息を呑んで立ち尽くす“僕”に、“彼”が説明した。あの中に何か見えませんか? 見たことがあるでしょう? “遺跡”に出てくる“幽霊”の――“彼女”の、“本体”です。
 確かに、中には“彼女”が眠っているように見える。
 よく見ようとした、その瞬間。不覚にも、“僕”は真実を悟るハメになってしまった。
 ここはもともと湿地帯だったんだ。けれど、大干ばつが起こってしまった。“村”の人々は仕方なく、“彼女”を儀式の犠牲に捧げて水を得ようとした――
 だからここが“湖”であり“祠”なんだ。だから“遺跡”が低湿地帯っぽいものだったんだ。だから“彼女”は……独りだった……。
 そうですね、と唐突に声が聞こえた。“彼女”だ。ただ、“彼”には聞こえていないみたいだけど。知ってか知らずか、声は続けて言った。
 “貴方”の知ったとおりです。今まで何人もの人に会いましたが、皆去っていきましたね。“私”だけがいつまでも“ここ”に独り、残される。でも……それでも“私”は独りではいられなかったんです。今の“彼”にしても……いくら“私”が“彼”の為に話を書きつづっても、それが“彼”にとっては“夢”にすぎないことはわかっているんです、別々の“現実”を生きているのですから。ただ、信じていたいんです。いつか奇跡が起こると。“彼”だけが“私”を“現実”かもしれないと思ってくれました。だから、信じたくなったんです――想うだけなら、自由でしょう?
 “彼女”の声が聞こえてはいないようで、“彼”はずっと“湖”の中央を見つめていた。それゆえに、“僕”が“彼”に声をかけたときに“彼”がため息にのせて呟いた言葉は、“僕”を驚かせることになった。
 正直なところ。“彼女”が別の“現実”に生きているのだということは、わかっているつもりでした。“自分”がいつか年老いて死んだとしても、きっと“彼女”は今と全く同じ姿でずっと“ここ”にいるのでしょう。でも……想うだけなら自由だろうと、愚かにもそう思ってしまうんですよ。
 ――想うだけなら自由……ね。やれやれ。仕方ないなあ、この二人は、って思った。
 だから“僕”は目を閉じて息をついた。二人の為に、ちょっと強引ではあるけれど、奥の手を使うことに――ま、もっとぶっちゃけちゃうと、いわゆる奇跡とやらを起こしてやることに、したんだ。

 ◇  ◇  ◇

「……で、結局ちょっとどころではなく強引なことをやらかしたわけか」
 二人の子供がいる。その視線の先には、姿を消した“旅人”を探す“少年”と、びしょ濡れの“少女”。
「いいじゃないか、別に。これで全部めでたし、めでたし。ハッピーエンドってことで」
 片方が呆れたように言ったのに対し、どこか“旅人”の面影を残したもう一人が、悪びれた様子もなく、ぬけぬけと言ってのける。
「まさか僕達が“神”サマなんていう、大層で物騒なシロモノだなんて、誰も思いやしないさ。それに僕だって、そんな扱いされてるよりは、“旅人”やってる方がよっぽど気楽だしね」
「そういうものか?」
「そういうものさ」
 こういったやりとりはいつものことなのか、相手の少々無愛想なくらいの反応でも、気にした様子はない。
 二人の“神”はしばらくその場にいたようだったが、やがていずこかへ消えた。



 ~あとがき~

 おそらく初めて完成させた、ほのかなラヴ・ストーリーっぽいものです。当分書かないでしょう。ってか、書いてたまるか(爆)
 固有名詞がほとんど出てこないのは、考えるのがメンドウだったということもありますが、ま、読者サマのイメージにまかせちゃおうと思ったからですね。
 まあ、最後まで読んでいただけたなら幸いです。
 ではでは。

  平成十五年六月十三日
   木菟 伶


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