ハロウィン1年目

 10月31日。アシュレイは朝から、知り合いを訪ね歩いては木彫りの仮面とランタンのようなものを渡し回っていた。何だか細工の妙に凝ったものだ。
「えーと…アシュレイ? これは何だい?」
 ラフィエスの問に、アシュレイはパチクリと目を瞬かせる。
「ふえ? 何って……見たら分かりません? 魔除けですよねぇ?」
「魔除け?」
「だって今日は、そういう日でしょう?」
「ああ、そういえばそうだったね」
 今日はハロウィンだ。軒先にジャック‐オ‐ランタンを吊り下げ、仮装する日。
 ――しかし、だからといって、こんなにも凝った細工のランタンは必要だっただろうか。というか、皆に仮面の仮装でもさせるつもりなのだろうか?
 しかも、わざわざ魔除けという言い方をする必要は?
 妙な顔をするラフィエスに気付かず、アシュレイは城を抜け出してラフィエスの住まいに遊びに来ていたルイスを奥に見付け、そっちに寄って行った。
「あ、ルイス様、ちょうど良い所に」
「あ? アシュレイ、何か用か?」
 やはり仮面とランタンを渡すアシュレイを見ながら、ラフィエスは首を傾げた。
 アシュレイが何をしたいのか、分からない。

 秋の日は釣瓶落とし。暗くなるのは本当に早い。
 夕方を過ぎると、あちこちでランタンに灯が点される。
 フェイは上機嫌で、ハロウィンの定番文句を言って回っていた。
「トリック、オア、トリート♪」
 悪戯が好きなフェイだが、甘いものも大好きだ。タダでおやつを貰えるか、貰えなくても堂々と悪戯できる(と本人が思っている)ハロウィンは、フェイにとってある意味最高の行事と言えた。
「あっ、アシュレイ発見~☆ トリック、オア、トリート!」
「?」
 後ろから声を掛けられたアシュレイは、振り向いたものの、キョトンとして首を傾げるばかり。
「聞こえなかった~? トリック、オア、トリート!」
 もう一度言ったフェイに、アシュレイは困ったように尋ねた。
「……えぇと…。そんな暗号ありましたっけ?」
「え!? アシュレイ知らないの!? お菓子をくれなきゃ悪戯するよ?」
 ここまで言えば気付くだろうと思ったフェイの期待も虚しく、アシュレイは訳が分かっていないかのようにフェイを見やり、途方に暮れたような笑みでこう答える。
「貴方はいつも悪戯してるでしょうに、事前に言ってくるなんて珍しいですねぇ…」
 フェイは呆れた。
「ちょっと、アシュレイ、しっかりしてよ! 今日はそういう日でしょ」
「今日はハロウィンですよね? 魔除けのランタンを飾り、魔除けの仮面を被る舞踏会のある日……。悪戯をする日だというのは初耳ですぅ」
「違うよ! 仮装してお祭り騒ぎして、お菓子を貰えなきゃ悪戯する日なんだってば!」
「……お菓子?」
 アシュレイはびっくりしたようだ。
「お菓子も必要だったんですかぁ…。それは用意しませんでした。確かに自分が悪いですね、何なりと罰を」
「だーかーらあぁ、どうしてそんな話になるのさ!?」
 フェイはつくづく思う。アシュレイはどうにも自分を否定しすぎだ。出来損ないと言ってみたり、何でもかんでも失敗したら自分のせい、罰を受けねばならないと自身を追い込みすぎる。
 フェイがアシュレイくらいの年の頃も、確かに分不相応に大人びた言動を取っていた自覚はあるが、それでもこんな風に祭に水を差すような台詞は吐かなかった。ちゃんと祭は楽しむものだと知っていた。
「んでもって、あれだけ皆に仮面とかランタンとか配ってたのに、自分の分はどうしたのさ? アシュレイは子供なんだから、ホントはお菓子貰える立場なんだよ?」
 ねだってみたのは、ただボクの気紛れなんであって。そう言うフェイに、アシュレイは申し訳なさそうな顔をする。
「じ、自分の分も要ったんですかぁ? ……こんな出来損ないに?」
 フェイは久々に、反射条件になっている退っ引きならない理由もないのにブチ切れたくなった。
「あー、もう! いいからこっち来なよ!」
 グイグイとアシュレイの腕を引っ張って小走りとも言えるスピードで歩く。目指すは、あそこだ。

「リュージュ!」
 何枚目かのパンプキンパイを切り分けていたリュージュは、フェイの声に顔を上げた。
「……もう回り終わったのか?」
 フェイは例年、ハロウィンの最後にリュージュの元にやってくる。だから、もっと遅く来るのかと思っていたのだが。
「まだ。でも、リュージュなら確実におやつくれるから」
「はあ…」
 苦笑を浮かべたリュージュは、フェイがアシュレイを引きずって来ている事に気付く。
「どうした?」
「アシュレイがね、ハロウィンを知らないんだ」
 リュージュはアシュレイに声を掛けたつもりだったのだが、何故かフェイがまくし立てる。
「トリック、オア、トリートも知らないってさ。自分の分のランタンや仮装すら、準備してない。皆には配ってたのに」
「……まぁ、貰ったな」
 リュージュが暮らす家の外にも、アシュレイが作ったランタンの一つがぶら下がっている。
「あれだけ細かい模様の物をあんなに作るなら、自分の分くらい用意してると思っていたが」
「……模様の細かさが…魔除けの効果に直結するのですぅ。手を抜いたら……鞭が飛んでくる」
 あまりに物騒なアシュレイの返事に、リュージュは思わずフェイと目線を交わした。
「自分は舞踏会には出る資格がない。出来損ないですから」
「だからハロウィンはそんな行事じゃないんだって!」
 フェイが天を仰いでボヤき、リュージュは何故フェイが自分の楽しみを中断してまでここに来たのか理解した。これは確かに放っておけない。
「アシュレイ」
 溜め息混じりに、リュージュはアシュレイに魔女の帽子を被せる。どこから取り出したのかという野暮な突っ込みは今はナシだ。
「取り敢えず、トリック、オア、トリートと言ってみろ」
「と…。とりっくおあとりぃと?」
「ん、良くできたな」
 リュージュはアシュレイに、切り分けたばかりのパンプキンパイを渡した。
「え? えぇ?」
「普通、子供にとってハロウィンはそんな行事だ。フェイと回って来い」
「えぇえ!?」
 フェイに頷くと、フェイも頷き返してまだ状況を把握していないっぽいアシュレイを引きずって行く。フェイはまだリュージュにはおやつをねだらない。最後の取って置きにしたいから。
「せめて、これくらいはしてやらないとな…」
 アシュレイの不幸すぎる人生に、更なる不幸の追い討ちをしてしまったからには。せめて少しでも普通の楽しみを。
「あ」
 リュージュはふと思い出した。
「ハッピーハロウィンって言うの忘れた…。まぁ、後で言うか」


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