「……ん?」
 馴染みの、人気のあるソフトクリーム店の前に、見掛けない子が立っていた。
 何かを注文する訳でもなく、ただジーっと、メニューを睨んでいる。
 あたしはいつものように、店主に声を掛けた。
「すみませーん! 桜ソフトクリーム下さーい!!」
 店の前に立っていた子は、あたしに差し出されたソフトクリームを見て、もう一度メニューを見ると。
「すみませーん。あの、わたしにも桜ソフト一つ」
 とても緊張した声で、言った。
 何だか、他の地方の出身のような、どこか訛ったイントネーションで。
 丁寧語を使ってるからちょっと分かりにくいけど、これは……。
「君、ジョウトから観光に来たの?」
 声を掛けてみたら、彼女はあたしの方を振り向いた。
「あ、はいっ! えーと、観光……みたいなもんですかね?」
「敬語なんかいーよ、堅苦しいの好きじゃないし」
「え、えーと……。うーん、頑張る」
 出てきた二つのソフトクリームの代金を払うと、彼女は慌てた。
「え、ちょ、お金! 払うから!!」
「いいっていいって、そんなもん。おごっちゃうよ、せっかくホウエンに来てくれたんだし」
「う、うにゅううぅ……」
 何だこの反応、かわいいな!
 彼女はソフトクリームを受け取ると、ぺろぺろと舐め始める。
「君、名前は?」
「音羽ミレイ。そっちは?」
「宝珠珠姫」
 自分の名前を言いながらも、あたしは彼女の……ミレイという名前に、何か引っかかるものを感じた。
 ……って。
「あーっ!!」
「ふえっ!? どしたん、宝珠さん!?」
「あ、いや、珠姫でいいよ……って、そうじゃなくて!」
 確かミレイって言えば、ジョウトの皇帝に、それなりに注意な人物としてマークされていたトレーナーじゃなかったか!?
「もしかして、ジョウトのリーグ制覇したのにチャンピオンの座を蹴って、即座にトンズラしたって噂の?」
「……えーと、なして分かったんか聞いてもええですか」
 そりゃあ、あたしはホウエン皇帝だからね。しっかし、ミレイ、あたしの名前を聞いてもびっくりしないなー。
「そりゃあね。職業上」
「ほ……じゃなくて、珠ちゃんの職業? トレーナーさん?」
「おいおい。トレーナーの端くれなら、各地方の皇帝の名前くらいちゃんと覚えておきなさい」
「皇帝?」
 ミレイは頭に疑問符を浮かべた。
 え、何その反応?
「皇帝って名前からすると、もしかしなくてもチャンピオンより偉かったりするんかな……?」
 彼女はそのまま、そう呟く。
 この子、ひょっとして……
「ミレイちゃんはどこの出身?」
「えーと、コガネ『っぽい』所……」
「喋ってるの、大阪弁だしね」
「そりゃあ、だてに人生の大半を大阪で過ごしてへんから……って……」
 ミレイちゃんは目を丸くし、絶句した。うん、とっても分かりやすい反応をありがとう。
「珠ちゃん、どこで大阪なんて地名聞いたん!?」
「昔住んでた所にあったよ」
「じゃあ、珠ちゃんも向こうの世界の人かぁ! それじゃ、わたしがチャンピオンやりたないって言った理由も、分かってくれるかもしらんね」
 ミレイちゃんは一口コーンをかじる。
「わたしね、ある日いきなり、気が付いたらワカバの研究所の近くにおったんよ。何の前触れもなしで。せやからさ、いつまた、何の前触れもなしに、元の世界に帰ってるかもしらん思ってね。それなら、責任ある事やったらあかん思ってね。いきなり消えたら、迷惑かかるやろ?」
「まあ、確かにね」
「こんな荒唐無稽っぽい話、やったかて信じてくれる保証もないわけやし……。わたしのポケモン達には、ちゃんと言ってんねんけどね。それでも信じてくれるなら、一緒に来る? って」
 なるほど、だからミレイちゃんはリーグ制覇もできたのか。
 固く結ばれた絆は、かくも強い。
「あー、美味しかった! もう一本食べよかな」
 ソフトクリームについていた紙を畳みながら、ミレイちゃんは言う。
「すみませーん! 今度は、ミルクソフト一本」
 自分でお金を払い、彼女は再びソフトクリームを舐めだした。
「観光で来たって言ってたけど、ホウエンのリーグにも挑戦するのかい?」
「うんんー。やらへん。ホウエンにはね、お料理の神様祀ってる神社を探しに来ただけやねん。友達にお料理教えてって頼んだら、まずはその神社にお参りしなさいって言われて。ホウエンにあるからって」
 それは、からかわれてると思うぞ。それとも、あたしも知らない隠れた名所でもあるのかな?
「珠ちゃんは何か心当たりある?」
「んー。すまん。特にないな」
「そっか……。ありがとね。もうちょい探してみる」
「何か作りたい料理でも?」
 ミレイちゃんは、顔を赤くした。
「えーとね、ちゃんと自炊できるようになりたいなってのもあるんやけど……お弁当作ってみたい男の子がおって」
「んー、青春してるね~。で、君の手作り弁当を貰える予定の果報者は誰だい?」
「り、リィちゃん……」
 からかってみたら、ミレイちゃんはますます顔を赤くしながら、蚊の鳴くような声で言う。
 ウブだねー。かわいいね。
 親父臭い? 気にしちゃ負けだ。
「頑張りなよ。何なら、縁結びの神社を探すのもありかもしれないしな!」
「はうぅ……」
「その為だけにジョウトからホウエンまで来れるんだから、大丈夫だって」
「むむー」
「さて、あたしはそろそろ戻るかな。実は本部を抜け出して来ててね」
 あたしはソフトクリームについていた紙をゴミ箱に入れ、歩き出す。
「んじゃ、また縁が合ったら。神社、見付かるといいね!」
「ん、ホンマにありがとう!」
 ミレイちゃんは、顔の赤さは引いていないものの笑顔で、あたしが振った手に振り返してくれた。


そんな彼女は異世界人。

(どうせなら、連絡手段交換しとけば良かったかなー)



2010/8/5 微修正。途中からちゃん付け入ってるのは、そういう仕様です。ミレイに対する、珠姫さんの警戒度の変化を反映してると解釈していただければ。



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