ラピス皇帝との出会い。

「やぁ、かわいこチャン♪」
 シロガネ山の麓で、ランターンのコゲツの特訓をしていたら、いきなり声を掛けられた。
 ミレイは思わずびっくぅ!と肩を震わせ、挙動不審に左右を見た後、声の主である青年に、挨拶を返した。
「え…ぇと、こんにちは」
「そんな硬くなるなよ。せっかくの可愛い顔が台無しだぜ?」
「……えーとあのー、眼科に行ったらどうですか」
 あまりに気障な台詞を初対面の相手にサラリと言ってくるものだから、つい反射的にツッコミを入れてしまって、ミレイは二重の意味でしまった、と思う。
 思わずツッコミを入れてしまったという事と、この世界に人間を相手にする病院があるのかも分からないのに眼科などという言葉を使ってしまった己の迂闊さに。
「一緒に来てくれるなら、考えてやるけど?」
 そんなミレイの杞憂など笑顔で吹き飛ばす青年に、ミレイはもう本格的にうぎゃぁと心の中で悲鳴を上げた。
 なまじっか青年の顔が端正で、上着しか羽織っていない下に見える上半身が引き締まっているものだから、余計にタチが悪い。
「そういえばかわいこチャンの名前は?」
 黙秘してかわいこチャンと呼ばれ続けるか、素直に名前を明かすか、ミレイは一瞬本気で考えた。
「……ミレイです」
「ミレイちゃんか! 俺はシャオ。つわけで俺とデートしない?」
「できれば全力で遠慮させていただきます」
「速攻だな、おい! つかミレイちゃんは、俺の名前を聞いても驚かないのな」
 ……似たような事を、聞いた事がある。ホウエン皇帝だと自己紹介した、凛とした女性から。
「すみません、人の名前を覚えるのは苦手で。特に、お偉いさんと最近の有名人は分からないです」
「ぶっ!! 正直すぎるだろ! まぁ覚えときな。俺はラピスの皇帝だ」
「ラピス……ですか?」
 どうしよう。聞いた事のない地名が出てきた。日本でいう、どこに当たるのだろう。
 と言っても、そこのお偉いさんと思しき人に、地名すら知らないと言うのは大変失礼だ。
「難しい顔してるなミレイちゃん。俺が怖いか?」
「え?」
 ふとそこで気付く。コゲツも、バクフーンのアカツキも、酷く怯えた様子である事に。
 この二匹は臆病な性格だからか、近くに手強い相手がいれば分かる。それがここまで怯えているという事は……。
「シャオさんはポケモントレーナーとしてはメッチャ強そうなんだなぁ、とは思いますけど。コゲツはともかく、アッキー……アカツキまで怖がってますから」
「戦って確かめてみるか?」
「えーと、賞金は何円で?」
「これまた速攻だな! ってか、何で賞金?」
「負けると分かりきってるバトルなんかしても、時間と労力を無駄にするだけです。っていうか、負けるって分かりきってるバトルに、この子達を巻き込んで無駄に痛い思いさせたくないって言った方が良いですかね。コゲツはまだまだレベル低いですけど、アカツキはそれなりに育ててます。そのアカツキが嫌がってるんで……。今は、アカツキ以上に戦えそうな子は連れてきてませんし」
 シャオは、真剣な顔をした。
「ミレイちゃん、考え方が甘いんじゃねーの? 逃げらんねーバトルだってあるんだぜ?」
「どうしても避けられないバトルなら、チートだろうが何だろうが、切り札きって、奥の手使って……ぶちのめすなり、脱走兵かますなりしますけど……どっちにしろ、最終手段なんで、気軽なバトルでやろうとは思いませんね」
 ちなみにそれは、パラレル世界から連れてきたレベル100のカイオーガ、シェンにお出まし願う事だったり、元の世界に緊急避難したりする事である。どうしても避けられず、かつ負けられないバトル以外で使うつもりはない。
「ラピス皇帝相手じゃ不満か?」
「だって、今回のバトルは、勝つ必要性が思い付きませんもん。皇帝って、偉くて強い職業なんでしょ? 一般市民を守るのが偉い職業の仕事ですよね? そんなお偉い職業の方が、一介の野良トレーナー負かしてご無体な事するって事は、考えたくないです。まぁ、お偉いさんが腐っていくのも世の中の悲しい真理の一つなんで、もしシャオさんが腐ってるのなら、わたしも全力で抵抗しますけど」
「腐ってる……ねぇ」
 何か思うところでもあるのか、シャオは一瞬遠い目をした。
「腐ってるのがこの世の中なんて、悲しい事は言わないで下さいね? わたし、ここの人達が概ね平和なの、好きなんですから。まぁ、平和すぎて、すぐ騙されそうなのが心配っちゃあ心配ですかね。一番タチの悪い『悪の組織』は、悪の組織なんて名乗りませんもん。善人面……ってかむしろ、正義の味方面で殴り込んでくる屑共のが、よっぽど迷惑で悪辣ですよね。正義の味方ぶったボケナスが音頭とってる集団ほど、ウザイもんはねーです。……あ。すいません、つい調子に乗って喋りすぎました」
 最近、こういう事を話していなかったので、思わず色々とぶちまけてしまった。というか、不快にさせるかもしれないレベルまで、ぶっちゃけてしまった。
 しかし、シャオは何を納得したのか、頷くと。
「やっぱミレイちゃん、俺とデートしようぜ」
「は? 何がどうなってそういう結論になるんですか」
「言ってることが面白ぇから。ちっくしょー、何でお前みたいなオモシロちゃん見落としてたかな」
「あれ、オモシロちゃんに進化したんですか?」
「ま、デートがどうしても嫌なら、連絡先の交換からでも良いけど」
「いや、あの……。はぁ。聞いてないですね……。連絡先ですか。たまに音信不通になってても構わないなら」
「よっしゃ!」
 連絡先を交換したあと、上機嫌で手を振りながら去って行くシャオを見送り、取り敢えずラピス地方とやらと、その皇帝についてホウエン皇帝に聞いてみようと、ミレイは思ったのだった。



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