カントー皇帝との出会い。

「うーん……ここのはどうなんやろなぁ?」
 少女はは木の実の生っている木を見上げ、呟いた。
「……ま、見てみりゃ分かるやろ。リュウガ! ちょいこれ上ってみるから、ヨロシク!」

 がさごそがさごそ。
 オボンの木から、何だか怪しげな音がする。そして、木の根元ではカイリューが、ハラハラした様子で上を見上げている。
 木の実の世話に来たシャインは、一体この状況をどうしたもんかと思った。
「んー。無いみたい! ってか、もしかして、これって誰かが手入れしてるんかな……? ものの見事に、食べ頃までのんしかあらへん」
 木の中から、少女と思しき声がした。どうやらカイリューに向かって叫んでいるらしい。
「また別んとこで探そ。んじゃ降りるわ。リュウガ、もうちょい待っててな!」
 カイリューは返事をするように鳴いた。つまり、上っているのはカイリューのトレーナーで、何故かお目当ての木の実は見つからなかったようだ。自慢じゃないが、木の実育てには自信があったシャインは、何が気に入らなかったのかと少しムッとする。
「……あっ」
 息を呑んだような、声にならなかったような、微かな悲鳴。その意味を頭で把握する前に、シャインの身体は動いていた。
「みゃあぁ……あ? あれ?」
「……ってぇ」
 木から落ちてきたのは、シャインよりも15cmばかり背の低い少女で、恐らく身長の割に体重は重くない。
 しかし、いかんせん木から落ちてきた勢いというものがあるので、受け止めたシャインにも衝撃は伝わった。
「はれれ? ……あっ! すみませんでしたっ!!」
 少女は慌ててシャインから飛び退くと、ペコペコと頭を下げる。ヒョコヒョコと、彼女の二つに括られた髪が揺れる。
「お前、怪我はないか?」
「へ? あ、はいっ! ……大丈夫ですっ!」
 大丈夫です、の前に不自然な空白があったのに気付いてしまうのは……そして、彼女が手をギュッと握りしめたのに気付いてしまったのは、彼の悲しい性だろう。
「おい、手ぇ見せてみろ」
「うにゃ!?」
 案の定、少女の手の平は皮が摺り剥け、血が滲んでいる。
 シャインは、はぁ、と嘆息した。
「大丈夫じゃないだろ。ったく、何やってたんだ?」
「あ、え、えーと……プランターに植える、木の実を探しに……。ここのんは駄目でしたけど」
「……駄目、だと?」
「あ、悪いって意味やないです! むしろその逆で、食べ頃のんまでしか生ってへんかったから、もらわれへんかったんです……。食べ頃のんは、ポケモン達が使うでしょ。せやから、熟しすぎて木から落ちる寸前くらいの探してたんですけど。この木、めちゃおっきいだけあって、手入れしっかりされてるっぽくて」
 ポトリと、シャインにつかまれた少女の手の上に、オボンの実が一つ、落とされる。
 少女のカイリューが、一個もいだらしい。
「ちょ、リュウガ……! あかんやん、勝手に取っちゃったら! ああもう、木の実は取れちゃったらもうくっつけられへんねんで!? こんくらい、洗ってデブリって消毒してほっといたらそのうち勝手に治るのに」
「そう責めてやるな。こいつは、お前の事心配してやったんだぞ?」
「……えーと、怒らないんですか。これ、世話してたんじゃ……」
「どうして分かった?」
「顔と態度に出てますた……」
「……」
 シャインは思わず溜息を吐きたくなった。さっきも吐いたところだというのに。
「取れちまったもんはくっつかねーんだろ? それはやるから、責任持ってその怪我治せ」
「うにゅううぅ……。すみません、迷惑かけまくっちゃいまして。え、えーと……」
「?」
「すみません、よく考えたら、名前知りませんでした。あ、わたしはミレイっていいます。基本的に、ジョウトとカントーふらふらしてます」
「俺は……。……シャイン・ウォーカー」
「シャインさんですね? 本当に、何から何まですいませんでした!」
 ミレイはものの見事にシャインの名前に関してスルーしてのけた。それがカントーの皇帝の名前と一致しているとか、某有名レンジャーのジャッキー・ウォーカーとファミリーネームが一緒だとか、そういう辺りを含め。
「それじゃ、わたし、ポケモンセンターでも行って、水道とか消毒液とか借りてきます。リュウガ、乗せてってくれる?」
 オボンの実を大事そうに抱え、彼女はカイリューの背によじ登ると、すぐに飛び去って行った。

 ちなみに、ミレイの頭の中では、シャインは木の実をくれた親切なお兄さんとしてインプットされたようである。



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