ラピス皇帝と異世界人。

「やぁ、ミレイちゃん! 早速だけど、俺とデート行かね?」
 シャオがそう声を掛けると、ミレイは弾かれたように振り返った。
「え、と。えー……と。シャオさんですか!? お久しぶりですー。えーと、デートはちょっと……遠慮させていただきます」
「そんな事言っちゃって、本当は満更でもないんじゃねーの? そんな熱心に見詰められると説得力ねーな」
 シャオをマジマジと見ていたミレイは、ハッと我に返ったように顔を赤くした。
「あっ、す、すみません! 失礼しました!」
「惚れた?」
「えー、見る分には格好良いですけど、デートはしませんからね」
「ちぇっ」
「ちぇ、じゃないですよ……。遊びに誘うなら、もっと別の人にして下さいな」
 呆れたように言いつつ、ミレイは今度は、シャオの足元を確認し始める。
「ん? 何か落ちてるか?」
「いや、ちゃんと影があるなーって確認してました」
「おいおい」
 今度はシャオが呆れる。影があるって何だ。まるでシャオが幽霊か何かのような扱いではないか。
「勝手に人を殺してんじゃねーぞ」
「へ? あ、いや、殺したかったわけじゃないんですけど……存在は疑ってました。幻だったのかなぁって」
「幻なら連絡先の交換なんかできねーだろ」
「あ、あー!! ですよね……」
 ミレイはシュンと項垂れた。用事がないと電話をしない彼女にとって、連絡先はあまり見ない項目なのだ。
 ちなみに、知り合いから電話が掛かってくれば、可能な限りは出る。彼女からは掛けないだけで。
「うーん、まぁ、シャオさんが実在の人だって確認できたのは収穫でした」
「一体何で、俺が幻だって思ったんだか」
 心当たりはあったものの、シャオは敢えてそういう言い方をした。
 ミレイはラピス地方を知らない。それなら、知らせる必要はない、と、ラピス皇帝は判断した。
 ラピス地方を知れば、ラピスが戦っている相手……この世界の腐った部分まで、知られてしまう可能性がある。
 ジョウト地方にいきなり現れ、リーグを制覇しながらも即座にチャンピオンの座を蹴った少女は、少し注意すべき人物として知られていた。目的が知れなかったから。
 しかし、シャオが声を掛けてみた時、その少女はラピス地方を知らず、あまつさえ、この世界を好いているなどと言ってのけた。本当に彼女がこの世界を好きなら、絶望させたくはなかった。
 勿論、演技の可能性だってある。だから、折に触れて、こうしてカマをかけねばならない。
 そして、そのシャオの言葉を聞いたミレイは、少し考える素振りを見せた後、こう答えた。
「だって、ラピス・ラズリは……邪念を振り払って、あらゆる幸運をもたらすんですよ? あれ? 幸福でしたかね……」
 そして、更に考え込む様子を見せる。
「あれ、でもラピスって言葉自体は、石を指すんですよね。特に鉱物とか宝石とか……。わたし、また思い込みだけで突っ走りましたかね? 本当にラピス地方がわたしの考えるような場所なら、ラズリ地方って名前だったんかもしれないんですね……。ラズリなら、その言葉単体で、ラピス・ラズリを指しますし……。うーん、やっぱり色々考えが甘かったみたいですー。自分で言っててこんがらがってきちゃいました。これじゃ、どうして幻だと思ったのかっていう理系的説明は、無理っぽいですね……」
 途中、独り言のような勢いでブツブツと呟いていたが、結局説明できないという結論に達したようであった。
「ミレイちゃん、もう少し考えてからものを言おうな」
「あい、気を付けますです……。えーと、要するにですね。わたし、シャオさんにはメッチャ失礼な事に、ラピス地方知らないんですよ。で、それはあんまりにも失礼だから、調べてみようって思ったんですけど……何にも分からなくて。だから、ラピス地方は、わたしが垣間見た、『夢の奥の桃源郷』なんじゃないかなって。桃源郷は、人の手には届かない幻だから、シャオさんも、本当は幻だったんじゃないかなって……思ってました」
 ミレイは頭を抱え出した。
「あれ? でも、シャオさんが実在の人って事は……あれ?」
「ま、あれだ。深く考えると負け。それより、デートしね?」
「だから、デートは遠慮しますって。負けっすか……。シャオさんが考えちゃ駄目って言うなら、深く突っ込むのはやめときます。きっと『また』わたしの考えの範疇をかる~く飛び越えてる何かがあるんですよね。何せ、……っ! っつぅ。舌噛んじゃいました……」
 ミレイはそこで何故か、舌を噛んでしまい、続きの言葉を一旦飲み込んだ。というか、無理矢理黙ろうとして、その結果舌を噛んだかのようだった。
「……えーと、どこまで言ったんですっけ? ま、考えすぎるのは悪い癖だってよく言われますし……」
「ミレイちゃん、アレだな……。頭は悪くないんだろうけど、バカだな」
「何でか分からないんですけど、よく言われます……。わたし、頭悪いのに、何でそう買い被りたがるんでしょうね?」
「普通は馬鹿にされた事を怒ると思うがな」
 お互いに秘密を抱えながらも、表面上は和やかに、会話は続く。


 ミレイが言いかけて無理矢理黙り込んだ事。それは、至極単純で。
(何せポケモンすら実在するこの世界だから、今更どんな幻が実体持ってたって、おかしくないですよね?)



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