木の実の対価。

「やっ、ミレイちゃん。デートしね?」
 木の実を物色していたミレイは、最近聞き慣れてきた声に振り返った。
「あ、シャオさん。お早うございます」
 ペコリと頭を下げる。隣で、カイリューもペコッとお辞儀した。
「おう、おはよー。知ってるか? コガネで新しい喫茶店ができたんだけどよー」
「もっとオシャレなお姉さんと行った方が良いって、前も言いませんでしたっけ? っていうか、こんな時間帯から開いてるんですか、そこ」
 ちなみに現在、まだ陽が昇ったかどうかという早朝である。
「相変わらず、ガード固いなー……。んじゃ、ミレイちゃんはどこ行きたい?」
「え、デート前提ですか? デートは勘弁して下さいです。それに、別に今は特にどこか行こうとは……思ってないんですけど。木の実探ししてるくらいで」
「木の実なら、名所知ってるぜ」
「名所? ですか?」
 ちょこ、と首を傾げ、ミレイは「初耳です」と呟いた。
「だから、行かね?」
「ですから、デートは遠慮しますと」
「……ちっ」
 しかし、遠慮すると言った割に、ミレイは足元に置いていた木の実プランターを鞄にしまった。
「デートじゃないなら、構わないんですけどね。あ、ここでの用事は済んだので、わたしはもう行こうかと」
「はいはい、じゃあ、デートじゃなくて案内って事で手を打ってやるよ」
「え、本当ですか!? ありがとうございます!」
 これではどっちが妥協しているのか、分かったものではない。

「……ほえぇ~……」
 見事な果樹園を前にして、ミレイは呆けたような声を出した。
「成程です。名所理解です。これは見事ですね。見事すぎて、見てるだけでお腹いっぱいですよ。ってか、明らかコレ、手入れされてますよね……
「ん、そうだな!」
人様のもの取ったら、泥棒ですよね
「ま、そうかもな」
「シャオさ~ん……」
 ミレイはがっくりと項垂れる。何か文句を言いかけ、溜息を吐いて、代わりに力なく呟いた。
「いや、気持ちはありがたかったです、はい。ところで、もしかしてここって……」
「あー、この時間だからいるのか。もしかしなくても、ほら」
 シャオが指した先には、日課として木の実の手入れに来たシャインがいる。
「ん? シャオさんじゃないですか。珍しいですね、こんな早くからこんな所に来るなんて。って、ミレイもいるのか。ますます珍しいな。何かあったのか?」
「ほあぁ~。……やっぱり、シャインさんの果樹園でしたか。お早うございます、シャインさん。朝からお邪魔しちゃってすいません」
 ミレイは挨拶と共に、ペコリと頭を下げた。
「シャオさんが、木の実の名所があるって言うから、案内して頂いてたんです。これだけ見事な果樹園は初めて見ました。凄いですね」
「ミレイちゃん、ここ果樹園じゃねーから。確かにシャーンが木の実植えてるけど、ここ、カントー皇帝本部」
 シャオがニヤニヤと笑いながら言った言葉の意味をミレイが理解するのに、数秒の時を要した。
「……果樹園や、ない? ……んですか?」
 呆然と復唱するその口調から、一瞬敬語が抜けて地が出ている。それでも何とか取り繕ったようだが。
 彼女は気を取り直したように続ける。今度はもっと問題な発言を。
「っていうか、皇帝本部って初めて聞きました。そんな場所あったんですね! また一つ賢くなりました」
そうか、突っ込み所はそこにもあったか
 彼女の常識はたまにおかしな具合に抜けている。そしてその分、おかしな常識が入っている事もあって、差し当たって問題はなくても完全に問題がないと言い切れない理由になっていた。
「皇帝本部を知らねーなんて、どこの田舎の出身なんだよ。マジで」
「コガネっぽい所の北の方ですけど? 都会は転出入が激しいから、印象に反して行政情報が行き渡りにくいのが問題なんでしょ? 近所付き合いは少ないし、町内会は発達しないし、折込広報は見もせずに捨てるってのがデフォですし。……まぁ、これくらい、わたしが言うまでもなく常識でしょうけど
「そういう発想と視点を、どこで学んでくるんだか」
「へ? ああ、地方行政を担ってる『田舎』の下っ端のオジサンオバサンの受け売りです、今回のは」
 ミレイは珠姫ほど露骨に隠さないし、もっと愚かな奴のようにあからさま過ぎる嘘でごまかしもしないが、肝心な単語は出さなかった。今回も、大阪という単語や、大学、区役所という単語は出していない。もし大阪や近畿などという、明らかに彼女の出身世界を指すような単語を聞けば、彼女はどこまでも素直に全てを語るのであろうが……。
「そうそう、それで思い出したんですよ、シャインさん!」
 不意に、ミレイが真剣な表情でシャインを見た。
「この前の木の実のお礼に何が渡せるかなーって、ずっと考えてたんですけど、アイテムでロクなのは持ってないんで、噂話レベルですけど情報のタレこみでもしてみようかと」
「情報のタレこみ?」
 何だか、彼女らしくない物言いだ。わざわざ、情報という単語を持ち出す辺りなど。
「最近、イッシュって地方があるって聞くようになりましたが……もしそこでプラズマ団なる、ギンガ団を上回るダサいコスプレ集団を見掛けるようなら、要注意、だそうです。彼等は、近々ロクでもない事件を起こすともっぱらの噂です。騒ぎやお祭り好きの人々が、イッシュ地方で騒ぎが起きるのを、手ぐすね引いて待ち構えてるみたいですね」
 イッシュ地方と聞いてシャオは一気に不機嫌になる。きっと、そこの皇帝の事を思い出したのだろう。
 シャインはシャインで、新たなる面倒事の予告に、頭痛を感じた。
「……情報源は?」
「ポケモンセンターで、『田舎』の人達が噂してるのを聞きました。えーと、どこのポケセンやったかな……」
「お前、さりげなく田舎出身呼ばわりされたの、根に持ってるだろ
「はて、何の事でしょうかね? まぁ、図鑑や通信のネットワークを更新する間はバタバタしますから、騒ぎを起こすにはまたとない機会なんでしょうけど」
 ミレイは情報源に関して口を割るつもりは毛頭なかった。まさか、異世界でこの世界をモチーフにしたゲームや漫画やアニメがあって、奇妙に微妙に出来事がシンクロしてるなどと、言えようか。ましてや自分がそこの世界出身で、何故か未だにそこの世界のネットと通信できる機械を持っているなんて、素直に白状してもロクな事にならないのは明白だ。
 ちなみに、先程の台詞は完全な嘘ではない。彼女はポケモンセンターで部屋を借り、そこに引き篭ると自分のノートパソコンを使ってポケモン新作の情報をググってきたのである。
「まぁ、噂話レベルなので、聞き流して下さいなー」
 ミレイはあくまでもにこやかに締めくくったが、木の実一つの対価としては、それは少々重すぎたのではなかろうか。
 まぁしかし、身内と認めたり、恩を感じた相手にはとことん甘く、無茶をしてしまうのが、良くも悪くもミレイという人物の特徴であった。


 最初に書こうとしていたネタがあまりにも長く暗くシリアス(しかも未完)なので、もっと短くてギャグ要素も多いものを書いてみました。
 あ、最初に書こうとしていたものも、近々仕上げたいと思っています。



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