はぁ、と深く息を吐く。
ホウエン地方は暑い、しかも今日は炎天下。
その中を全力疾走してきたんだ、流石に息が切れる。
 
どこかでゆっくりしたいけど、そんな暇も無かった。
距離を稼いでいない、もう少ししたらまた走らないと。
 
流れる汗を拭って、辺りを見回す。
いつの間にか公園に来ていたらしい。
とりあえずベンチにでもー、と思ったらそこには見知った女の子が居た。
 
「ミレイちゃん?」
「?珠ちゃー……って凄い汗!」
 
あぁ、そりゃこの炎天下全力疾走すりゃ汗も掻くはず。
どうしたのか聞いて来るミレイちゃんに笑みを零す。
やっぱり女の子はいいなぁ、般若の顔で追いかけてくる部下なんか比べ物にならないくらい癒される。
 
まぁそこのベンチでも座ってお喋りしようよと誘おうとした瞬間。
あたしはミレイちゃんの腕を取って走り出した。
 
「え、珠ちゃん?!」
「あーも、マジ、しつこっ!!」
 
確かに背後から殺気を感じた。
チラリとさっきまで居た場所を見ると、そこには確かに。
 
 
地面に突き刺さるメスがキラリと輝いていた。
 
 
その後景にゾッとした。
奴はマジだ、マジで切れてる。
 
うひゃーと声を上げてもう絶対後ろなんか振り向くかと前だけを見る。
普段温厚な奴が切れると怖い、それは暗黙の了解。
かといって普段から怖い奴がぶち切れるとさらに怖い、という事を今日身を持って知った。
 
「た、珠ちゃ」
「後ろを振り向いたら駄目後悔するよ。」
「え、あ、あれ雪弥さんやろ? めっちゃ怖い顔しとるんやけどメス持っとるんやけど」
 
あぁ振り向いちゃったか、普段の雪弥からしたら想像……つくか。普段からあいつ怖いし。
あたしはもう振り向かない、振り向いたら後悔する。
 
「テメェエェエこのクソ女ァアァア!!」
「上司に向かってなんっつー暴言!」
「俺は安静にして休めっつっただろうがァアァアアァア!何走ってんだテメェエェエェエ!!」
「だから治ったって言ったじゃん!というか雪弥が怖いから全力疾走してってあぶなっ」
 
雪弥のストレートな暴言に耐えながら、投げつけられたメスを避ける。
マジないわこの部下、殺す気満々過ぎて怖い。
 
「雪弥さん敬語が……!」
「あぁ、今のあの態度が本性。仕事とオフで切り替えてるんだけどね普段は。切れるとあぁなる。」
「そう、なん?というか珠ちゃん怪我しとるの?」
 
いや、うん。まぁ油断して断崖絶壁から紐無しバンジージャンプ海に真っ逆さまをしただけだよ。
ミレイちゃんには言わず、心の中で自分に向けて呟いた。
 
流石にあれは痛かった、だけど安静に大人しくしとくレベルじゃない。
だから雪弥の目を掻い潜って点滴抜いて逃亡したら、こうなった。
いい加減分かってくれればいいのに、あたしが大人しくしてるの嫌いだって。
昔からあの白い世界は嫌いなんだから。
 
はぁ、と一つ息を吐いて息を切らしているミレイちゃんをヒョイッと抱き上げる。
わっと可愛い声を出して驚くミレイちゃん、ほんと癒される女の子可愛いー。
 
というかミレイちゃんの腕を引っ張って逃げたの間違いだったかも知れない。
確実に巻き込んだし今離しても怒り狂ってる雪弥の行動は読めないから何か起きるかも知れない。
適当な所で巻いて安全な所で離して自分だけ逃げるのが得策だろう。
つっか、本当、きっつー。今日の雪弥特にしつこい。
どうするかと思ったその時、目の前に丁度いい人が居た。
 
「シャオ、さん!!」
「俺の嫁にミレイちゃんどうしたんだ?」
「シャオさん!デートしましょう!!」
「は、え、は?!」
 
い、今から?!いいいいや俺の嫁とのデートなら全然構わねぇ、けどッ?!
珍しくうろたえるシャオさんに首を傾げるが、今はそんな事正直どうでもいい。
こうやって会話をしてる間にも雪弥は迫ってきている。
 
「だから、雪弥の相手お願いします!それ終わったらデートしましょ!」
「は」
「雪弥ー!あたし今からシャオさんとデートだから!!」
 
俺の嫁?と少し焦ったシャオさんの声を塗りつぶすかのように後ろで雪弥の怒声が爆発した。
その怒声に肩を縮め、ミレイちゃんを抱きかかえたまま両手を合わせて任せますと呟きその場を去った。
 
後ろで雪弥の怒声とシャオさんの焦った声、次第に彼の声も怒声に変わった。
さぁてこれ終わった後がまた怖い、けどとにかく今逃げたいんだから先の事は考えないでおこう。
今あたしに出来る事はただ一つ。  全力で逃げる事だ。
 
「あの状態にして大丈夫なん?」
「あー……後が怖いけど。多分大丈夫だよ。」
「というか珠ちゃん、あんま無理せんといてね。」
 
珠ちゃんが凄い事は知っとるけど、それでも不安だから。
と小さくミレイちゃんは言った。
それがまた可愛くて、思わず立ち止まってムギュッとそのまま抱きしめた。
 
 
 
 
 
 
(あーもうミレイちゃん可愛い可愛い、妹に欲しい。)
(ちょ、珠ちゃん!?)
 
 
ちなみにミレイちゃんと別れてそのまま辺りぶらぶらしてたら眉間に皺を寄せた般若の雪弥に遭遇しましたとさ。
おまけに電話でシャオさんにも怒られて。
一体今日自分何してたんだろうと考え込んでしまった。
まぁミレイちゃんがすっごく可愛くて癒されたから別にいいんだけどね!
 
あ、雪弥ごめんマジごめん。
当分逃げないから般若の顔で麻酔打とうとするのやめて、本当逃げないから アッー
 
 
 
**********
 
ホウエンでは日常な逃亡劇。
それにミレイちゃんを巻き込んでみましたっ
 
珠姫はミレイちゃんが可愛くて仕方ないみたいです。
基本女の子好きだけど、ミレイちゃんは格別!的な。
ついつい甘やかす癖があるかと、何かと食べ物買ってあげたりとか。
 
シャオは普段ナンパする側が突然デートしましょ!と言われてパニックになったと。
傍から見れば分かり易い態度を思わずとってしまった。という感じに。
 
雪弥は=怖いの方程式で。
珠姫もシャインも頭が上がらない。
しかも今はホウエン皇帝専属主治医だけど元は闇医者なので、更に怖い。
仕事時は敬語だけど、ブチ切れるとあぁやって暴言が飛び出す。
ヤーさんと変わらないよね、が怒られる側の暗黙の了解。
 
 
 
執筆日:2011/06/24



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