シロガネの竜騎士

 人力ではまず開かないであろう門を潜り抜け、獲物を降ろした。
 反対側の扉までの距離が煩わしい、が、解体所が狭くては何の為の解体所なのか分かったものではない。
 大きな息を一つ。
 扉を潜り抜けるのが、また面倒なのだ。いくら臭いを入れないためとはいえ、二重扉は一瞬流れが阻害されるのが気に食わない。
 吹き付ける【浄化の風】を受けながら、ああ、今日は風かとぼんやりと考えた。
 風ならば、受付にいるのは、あの淡い金色の髪のひょろりとした青年なのだろう。
「あ、おかえりなさい。首尾良くいきましたか?」
 予想通りの声が、いつもと同じことを尋ねてくる。
「まぁ、なんとかな。」
 慣れたやり取りに、張りつめていた気持ちが少し緩むのを感じた。
 受付の機械に左手を翳せば、浮き上がるリスト。その内容にざっと目を走らせる。
 こいつが間違えたところなんて見たことないのだが、それでも受付の職員が絶対確かめろと煩いからな。
 なんでも、新種や亜種の登録に関しては、まだまだ改善の余地があるのだとか。
「猪型……ですね。間違いありませんか?」
「ああ、大丈夫だ。一番大きかったヤツの魔紋は頭部全体。立派な牙に傷をつけないようにするのは、苦労した。」
「そんな余裕があるのは、この都市広しと言えども、貴方くらいじゃないですか? ……『シロガネの竜騎士』様。」
 あまりにも恥ずかしい二つ名を呼ばれ、思わず目の前の青年を睨み付けてしまった。
「……すみません。名前を呼んだ僕が軽率でしたから、その怖い顔をやめてくれませんかね。」
「怖い顔をした覚えはない。」
「いや、本当に、怒らないでくださいってば。」
「俺は怒っていない!」
 ただちょっと睨んだだけだ!
「勘弁してくださいよ、そこの入りたての子が怯えているじゃないですか。」
「そうだとしても、誰のせいだと……」
「うーん、今回はギルド長のせいですかね。」
 いきなり飛躍した単語に、一瞬理解が追い付かなかった。
「呼ばれているんですよ、『シロガネの竜騎士』様名指しで。
 素材の解体と査定をやっている間に、ギルド長の部屋までお願いします。」
 名指しで呼ばれるなど、どうせロクでもない用事なのだ。
 やれ、そこの魔物の大量発生を片付けてこいだの、やれ、そこの貴婦人どものご機嫌伺いをしてこいだの。
 ……思い出しただけでも嫌気がさしてきた。
「お気持ちは分かりますが、そんな露骨に嫌な顔をなされても。」
「気持ちを分かってくれるなら、嫌な顔くらいさせろ。このまま帰るよりはマシだろうが。」
 用事の内容を想像するだけで気分が悪いのに、冷静になってきたせいで周りの騒めきまで耳に刺さって、いっそ本当に帰るのも悪くないかもなぁ、なんて現実逃避してみる。
 ……後が更に面倒になるから、行くんだけどな。ギルド長の部屋。


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