噂と激情と

 正直、噂だけはあった。
 高ランク、二つ名持ちの何でも屋ギルド構成員が、次々と姿を消している。姿を消さずとも、調子を崩している。
 別に、高ランクだとか有名な奴等に限ったことではないと思うけれどな。
 害の低い魔物は須く、魔の島に向かう傾向にある。
 恐らくそれは、正しいのだろう。でなければ、わざわざギルド長が調査を行うまい。
 暫く見ないと思っていた知り合いに似た魔人がいた。行方不明になった使い魔に似た魔物がいた。
 これに関しては、最初は鼻で笑っていた。追い求めるあまりに魔のモノに面影を見出したのだろうと。
 嫌な予感になりだしたのは、一見関係ない筈の噂が棘の様に心に残り始めたのは、いつの事だったか。
 思い詰めた様子のシルフィアナと、我が身の不調。そして、襲い来る凶悪な激情の衝動。
 そもそも何故ギルドが魔物や魔人を討伐するかって、見た目にも魔紋と呼ばれるえぐい特徴がある上に、普通の動物なんかとは凶暴性が違うからだ。肉食獣だって、狩りをするのは食事の為。魔物の様に見境なく暴れ回ったりはしない。魔紋の立派な魔物ほど、凶暴性は増す。
 ……大きく吐き出した後の息を吸う。こう、現実逃避でもしないと、やっていられない。
 今更の事だ。噂が繋がっていようが。噂に隠された真実を推測しようが。
 ぎりりと音がするのは噛み締めた奥歯の擦れる音で、ぽたぽたと血が滴り落ちるのは拳を握り締めすぎて爪が掌に喰い込んでいるから。
「どういうことだ……。」
 それでも、唸るような囁きが漏れてしまう。
「どうして……シルフィアナ……!」
 叫び声は、空に吸い込まれて届かない。
 辛うじて呼び掛けに応えて姿を現したものの、それ以上の言葉が通じず。俺を一瞥した後、魔の島の方向に向けて飛び去った相方は。
 白銀の筈の全身に青黒い魔紋を浮かべた、魔竜と化していた。
 裏切られた、ウラギラレタ。どす黒い感情がハラワタを焦がす。
 冷静な思考が激情に焼かれ、燃やし尽くされる。
「うおおおああああぁぁ、シルフィアナぁっ!!」
 振り下ろした拳は地面にのめり込み、引き抜こうと視線を落とした俺は、今度こそ。
 目の前が真っ暗になった、錯覚をした。
「ふっ……。くくく……っ。」
 自分の口から、不気味な笑い声がする。
 でも、そんなことは今更どうでもいい。
 こんな腕になってしまっては。こんな衝動を抱えてしまっては。
「待ってろよ、シルフィアナ。魔物ども。」
 ずるり、と引き抜いた腕は、もう視界に入れたりはしない。
「皆殺しだ。」
 全部、全部。魔の島の魔物どもは。シルフィアナも。
 俺が、道連れにしてやる。
 きっと、それだけが。
 魔人になりかけている、俺にできる最期の足掻き。
 狂ったように……実際、狂いかけながら笑う俺は、腕で脈打つ赤黒い魔紋を全力で無視しようと努めていた。


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