『創造主』 03

 天才科学者フェイの最期の『作品』は、顔立ちだけは若かりし頃の彼自身と似通っていた。しかし、茶色がかった金髪に紫色の瞳のフェイに対して、『作品』の方は時間不足が祟ってそうはいかなかった。髪の色は銀に見紛う淡い青翠色。瞳は右が青く、左が赤い。
 下手をすると元となったモデルよりも顔の造作が整っているのは、フェイの『作品』に共通する特徴だ。天才科学者は、繊細な芸術家としての側面も持ち合わせていた。
 ……単なる面食いという説は、本人の名誉の為にも横に置いておこう。
 そのフェイは、今や満足に動く事すら億劫で、研究室の仮設ベッドに横たわっている。その症状は、作業が今のところうまくいっている事の唯一の証明でもあった。
「……何とか間に合うか」
 最終チェックをしていたリュージュが呟き、フェイは大儀そうに頷く。
「セキュリティも展開させたが……。どれだけ時間稼ぎになるかな」
 リュージュはぶつぶつと呟きながらあちこちを見て回り、最後にフェイを覗き込んだ。
「もしこれが完成したら、どんな名前を与えてやる?」
「……そう、ぞう……しゅ」
「『創造主』? 随分な自惚れだな。フェイらしいが」
 切れ切れの息になって尚、如何にもな答えを返してくるフェイに苦笑しつつ、巨大なコンピューターの端末に何かの文字列を入力するリュージュ。
 ドーン。遠くで音が聞こえた。研究所にミサイルでも撃ち込んでいるのだろう。もう最終通告で示された期限は切れ、先程研究所を明け渡すよう要求されたばかりだ。
 出たら殺される。組織のやり口を知っているだけにその予感は確かで、だからフェイは従わない事を決めた。立てこもると見せかけ、時間を稼いで逃亡する計画を立てた。生身では逃げ切れない。自らを改造して、人間としての命を捨てて機械になってしまってでも、『生き延びる』事を選んだ。
 突入されて、何をするつもりかバレたら終わり。それを隠す為のセキュリティだった。研究所そのものにある程度のダメージを与えないと、中には入れないようにしている。その間に、全て終わらせなければ……。
「来たか」
 リュージュは厳しい表情で設置された監視カメラの映像を映すモニターを見詰めた。
「こっちも……そろそろだな……。フェイ、まだ聞こえているか?」
「……」
「フェイ?」
 リュージュが振り返った科学者の紫色の瞳には、もはや光は宿っていなかった。
「最期の言葉くらい、聞いてやりたいと思ったのに…」
 そっと瞼を閉じてやる。
「もう、こんな無粋なものは外しておかないとな」
 外したのは頭に被さっていた装置。精神を機械に吸い上げる装置。証拠は、隠滅しておく必要がある。成功率の低いものにしても、少しでも可能性があると諦めない組織が相手だから。
 フェイの最期の『作品』は、まだ生命の気配を宿す事なくその光景を眺めている。
 リュージュがフェイにかけた言葉は、ますます激しさを増す攻撃の音に掻き消された。その姿も、やがて崩れていく研究所の中に紛れていき……。

 研究所をあらかた破壊した組織の軍が踏み込んできた時、彼等が発見したのは瓦礫に潰され、血の色にまみれた、まだ若い天才マッドサイエンティストの亡骸。そして、彼の『作品』の一人である『堕天使』の翼から抜け落ちたと思われる羽根だった。そこには、彼が最期に作った『作品』は、その作ったという痕跡すらなく、フェイが最期の一週間で何をしていたのかは誰にも想像できなかった。
 最期に『作品』──脳まで機械化されたサイボーグが作られていたという事実は、行方をくらませた『堕天使』リュージュのみの知るところとなったのである。果たして『創造主』フェイが完成したかどうかは……この物語を読んでいる皆様ならお分かりだろう。


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