雪に誘われしとき 01

 わたくしは、自分の名前が嫌いです。
 ……正確には、名前の響きは気に入っているのですが、込められた願いと意味が、嫌いです。
 わたくしの名前は、トキ。
 漢字、と呼ばれる旧世界から使われる文字で書くと、刀姫……。
 剣戟師、と呼ばれる方々に生まれることを願って付けられた、この名がわたくしは大嫌いなのです。
 同じ響きの漢字なら、朱鷺のような、今は見られぬ美しいと言われた鳥の名を冠したかった。

 閉じ込められた部屋の中、窓に目を向けると剣や刀、槍や斧を手にチャンバラをする子供たちの姿。
 ヒヤリ、とも、ゾクリ、ともつかぬ、背筋を走る寒気に、慌てて目を逸らしました。
 ああ、やはり駄目ね、わたくしは。
 怪我をしたら、と思うと体がすくんでしまいます。
 それは、わたくし自身だけの話ではないのです。
 誰かが傷を負う様を想像するだけで、気が遠くなりそう。
 今の世の中は、本当に世知辛くて……武力が必要で、わたくしにはとても辛い。
 かつては平和惚けした国があったと伝承に聞きますが、それが本当ならば、是非その国に生きたかった。

 子供の泣き声が聞こえてきて、物思いに沈んでいたことに気付きました。
 窓の外の子供たち、今はおろおろしているよう。
 中心に倒れている子から流れる、紅の色。
 ああ、ああ。
 怪我をしてしまったのね。
 傷を負ってしまったのね。
 痛いでしょう、苦しいでしょう。
 早く、そんな思いからは、解放されたいでしょう。
 わたくしにできることは、祈ること、ただそれだけで。
 ただ、早く健やかに戻りますようにと、願うだけで。

 泣き止んだ子供、目に涙を溜めながらも立ち上がり。
 子供たちは、再びチャンバラを始めました。
 それが、恐ろしくて。
 それが、眩しすぎて。
 嗚呼、その強さはどこからくるのでしょうか。
 嗚呼、その勇気はどこからくるのでしょうか。
 何故、傷付くと分かって、なお。
 何故、傷付けると分かって、なお。
 彼等は、あんなにひたむきに、武器を振るうのでしょうか。

 我が名にも負けるわたくしには、外の世界は重すぎて。
 役に立たぬと閉じ込められたことすら、救いのように感じてしまうのです。
 わたくしにできることは、ただ祈ること。
 わたくしの目の前で、痛い思いをしないで、苦しい思いをしないでと。

 思えば、繰り返される日々の中、流れるほどの出血をきたした子がすぐに立ち上がるのはおかしかったのです。
 思えば、繰り返される日々の中、子供たちがいつもわたくしの部屋の外でばかり遊ぶのはおかしかったのです。
 けれど、わたくしはあまりにも、自分の世界に閉じこもりすぎていました。
 そして、それを、利用されていたのでしょうね。
 わたくしは、身も心も、籠の中の鳥でした。
 あのお方に、出会うまでは……。


Back ・ Next

Background image from Studio Blue Moon