……ああ、懐かしいこと。
こんなことを思い出したのも、何かの巡り会わせでしょうか。
あの頃とは違う、けれども繰り返される日々を過ごす中、ふと、噂を聞いたのです。
見事な黒髪とプロポーションを持つ剣戟師の女性の噂。
彼女には、妹と思しき顔立ちの似た少女と、金髪碧眼の美青年の連れ合いがいるそうなのですが……。
その容姿が。
その戦い方が。
あのお方を、思い起こさせたのでしょうね。
あのお方と過ごした日々はほんの僅かでしたが、そこで学んだことはあまりに多く。
別れた今も、生活には欠かせません。
わたくしの名を呼ぶ声が聞こえます。
この世界はあまりにも残酷で、わたくしの仕事が絶えた日は少ないのです。
わたくしは、自分の名前が嫌いでした。
……正確には、名前の響きは気に入っていたのですが、名前に使われていた漢字が、嫌いでした。
わたくしの名は、トキ。
かつては刀姫と書かれていたこの名には、今は、別の字を充てているのですが……。
……そのお話は、またいずれ語る機会もあるでしょう。
今は、行かなくては。
あのお方に出会い、籠から解き放たれてから、わたくしの生活はガラリと変わりました。
わたくしを見守ってくださる神様のお導きに従い、残酷なこの世界の苦しみを少しでも減らすのが、わたくしの役目。
戦うことはできませんし、相変わらず武具を見ると身体が竦みそうになりますが。
それ以上に『気味の悪い』魔性のモノを知ってしまった以上、その存在もやむをえないと思います。
それに、この世界は確かに残酷ですが、絶望しかないわけではありません。
祈ることしかできないと、そう嘆いてばかりだったわたくしにも、純白の希望が舞い降りたのですから。
再び、焦れたようにわたくしを呼ぶ声。
そして近付いてくる、黒い人影。
ごめんなさい、もう行くわ。
そう返事をして、立ち上がります。
彼相手に丁寧な話し方をすると、彼、不機嫌になりますの。
わたくしも一人きりでは上手く生活できませんが、彼等もわたくしがいないと不安定になりがちで。
あのお方が去った後は、お互いに支えあって生きてきました。
彼等との出会いも、未だに昨日の事のように感じる時があるのですが……。
既に待ってもらっている以上、今ここで思い出にふけり、語る時間はありませんわね。
それでは、今度こそ。
わたくしは足を踏み出し、そして空を見上げました。
この同じ空の下、あのお方が今日も無事であることを祈って。