雪に誘われしとき 07

 ……ああ、懐かしいこと。
 こんなことを思い出したのも、何かの巡り会わせでしょうか。

 あの頃とは違う、けれども繰り返される日々を過ごす中、ふと、噂を聞いたのです。
 見事な黒髪とプロポーションを持つ剣戟師の女性の噂。
 彼女には、妹と思しき顔立ちの似た少女と、金髪碧眼の美青年の連れ合いがいるそうなのですが……。

 その容姿が。
 その戦い方が。
 あのお方を、思い起こさせたのでしょうね。

 あのお方と過ごした日々はほんの僅かでしたが、そこで学んだことはあまりに多く。
 別れた今も、生活には欠かせません。

 わたくしの名を呼ぶ声が聞こえます。
 この世界はあまりにも残酷で、わたくしの仕事が絶えた日は少ないのです。

 わたくしは、自分の名前が嫌いでした。
 ……正確には、名前の響きは気に入っていたのですが、名前に使われていた漢字が、嫌いでした。
 わたくしの名は、トキ。
 かつては刀姫と書かれていたこの名には、今は、別の字を充てているのですが……。
 ……そのお話は、またいずれ語る機会もあるでしょう。

 今は、行かなくては。
 あのお方に出会い、籠から解き放たれてから、わたくしの生活はガラリと変わりました。
 わたくしを見守ってくださる神様のお導きに従い、残酷なこの世界の苦しみを少しでも減らすのが、わたくしの役目。
 戦うことはできませんし、相変わらず武具を見ると身体が竦みそうになりますが。
 それ以上に『気味の悪い』魔性のモノを知ってしまった以上、その存在もやむをえないと思います。

 それに、この世界は確かに残酷ですが、絶望しかないわけではありません。
 祈ることしかできないと、そう嘆いてばかりだったわたくしにも、純白の希望が舞い降りたのですから。

 再び、焦れたようにわたくしを呼ぶ声。
 そして近付いてくる、黒い人影。

 ごめんなさい、もう行くわ。
 そう返事をして、立ち上がります。
 彼相手に丁寧な話し方をすると、彼、不機嫌になりますの。
 わたくしも一人きりでは上手く生活できませんが、彼等もわたくしがいないと不安定になりがちで。
 あのお方が去った後は、お互いに支えあって生きてきました。

 彼等との出会いも、未だに昨日の事のように感じる時があるのですが……。
 既に待ってもらっている以上、今ここで思い出にふけり、語る時間はありませんわね。

 それでは、今度こそ。
 わたくしは足を踏み出し、そして空を見上げました。

 この同じ空の下、あのお方が今日も無事であることを祈って。


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