雪に誘われしとき 06

 奇跡を起こす、神様。
 わたくしの祈りに応えてくださる、神様。
 傷付くことを厭い、苦しむことを厭う、この世界では臆病者と誹られても仕方のないわたくしでも、神様は見捨てず手を差し伸べてくださっていました。
 こんなわたくしでも……いえ、こんなわたくしだからこそ。
 神様は、癒しの御力を、お貸しくださったのでしょう。

「ありがとうございます……」

 頑なになっていたわたくしの心を、根気よく開いてくださって。
 そう続けようとして、わたくしは、はてと首を傾げました。
 女性の纏う仄かな光に、一部、澱みというか、陰りというか、違和感があったのです。
 それは、先程までは気付かなかったもの。
 けれど、一度気になると、どうしても目についてしまうもの……。

 じっと其処に目を凝らせていると、女性は身じろぎしました。

「どういたしまして……って、何処をジロジロ見ているの。
 んもう、はしたないわよ?」

 何が、はしたないのでしょうか。
 確かに、其処に目を向けるには、相変わらず視界の大半を塞ぐ、大きな双丘が壁となっていますが。
 ほんの隅っこ、左上腕の外側に、気になる部分があるのです。

 ……ああ、そうか。
 いつまでも、寝転がっているから、余計に見えにくいのですね。
 或いは、この膨らみが、遮っているのか……。

「ひゃあ!!? あ、貴女、結構大胆ね!?」

 そっとその膨らみを持ち上げようとしたら、思っていたのとは異なる手触りが返ってきて、わたくしも面喰らいました。
 思わず、掴んでいた手に少し力が入ってしまいます。
 どこか安心できる、柔らかいけれど芯を持った弾力性に注意を持って行かれそうになりましたが、そもそもわたくしが見ようと思っていたのは左の上腕部で……。
 この感触を楽しむよりも、そちらの方が重要だと、頭の中で囁き声がするのです。

 わたくしの髪を梳く手が止まったので、最も簡単に彼女の上腕部を確認するため、わたくしも目の前のふかふかな塊から手を放して起き上がります。
 うーん、両腕を取って比べてみましたが、やはり、左側の方が気になります……。

「……非常に不躾なお願いで申し訳ないのですが」
「これだけやっておいて、今更って感じもするけれど、何?」
「あの……左腕の肩の方。見せていただきたいです。……輝きに、陰りがみられるような気がして」

 はふ、と、小さな吐息が聞こえました。

「なるほど、格が上がったから、わかるようになったのね」
「あの……?」
「見せるから、ちょっと待って」

 女性は、初めて、純白のローブに手をかけました。

「……流石に少し、寒いわね」

 ポポポ、と、彼女を取り囲むように小さな火の玉が浮かびます。
 ローブの下には、紺色のジャンパースカートと、ブラウス。
 それさえも肌蹴た彼女の左上腕外側には……ざっくりと、決して小さくはない、裂傷が。

 傷を見て、わたくしの中にザワリとした感情が鎌首をもたげました。
 こんな傷を負っていながら……それを、常人には悟らせもしない彼女は、その為に我慢を強いられた筈で。

 このような怪我など、なければ良いのに……。

 祈ればそれが力になることを、今のわたくしは知っていますから。
 わたくしにできることは、祈ること。
 それだけしかできないのではなく、それにより奇跡を起こすことができるのが、わたくし。

 開いていた傷口の紅いぬめりが光に覆われ、淡紅色の肉芽が盛り上がり。
 傷の端から光が去れば、そこにはほんの少し痕を残した、けれど縫うよりも滑らかな皮膚がある。

 ああ、けれど、本物の傷など、ほぼ初めて見たからでしょうか。
 傷が塞がったのを見てホッと一息吐いた瞬間、すごく、その……疲れたと言いましょうか、身体に力を入れるのが難しくなりまして。

 結局のところ、また促されるがままに、怪我が治ったばかりの筈の彼女の腕の中で微睡んだのが、激動の一日の最後の記憶となったのでした。


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