お祭りと異世界人。

「おい、ここに雪弥はいるか? 急病人だ」
 控室のドアを蹴り開けて入って来た人物を見て、シャインは思わず天を仰ぎたくなった。
「シャオさん、わざわざ蹴り開けなくても……って、急病人?」
 シャオがドアを蹴り開けたのも当然の事で、彼は両腕で小柄な少女を、俗に言うお姫様抱っこしている。手が空いてなければ、足を使うのも仕方のない事かもしれない。
「その子、どうしたんですか」
「いきなりぶっ倒れた。雪弥がいなくても、取り敢えずここに来れば寝かせてやる事くらいはできるだろーと思ってな」
 言うなりシャオはさっさと、少女をソファーの上に横たえる。
 シャインにも何となく見覚えのあるような無いような少女の目は固く閉ざされ、息は浅く速い。そして不自然な事に、外の暑さに反して、汗一つかいていなければ、顔色も蒼かった。
「熱射病一歩手前の熱疲労でしょうね」
 騒ぎを聞きつけて控室の奥の部屋から出てきた雪弥が言う。
「水分、塩分の補給と、休息が必要です。まったく、ここまで悪化する前に、普通は気付くと思うんですがね。そのソファーだと安定しないでしょうから、奥の仮眠用ベッドを」
 雪弥が少女と共に奥の部屋に戻ってから、シャインは訊ねた。
「……で、彼女、どうしたんですか?」
「あー……」
 珍しく、シャオが言葉を濁す。
「クチバで祭りがあるって言って、連れてきたんだけどよ。俺ももっと気を付けておけば良かったな」
「シャオさんらしくないですね」
「ああ。ミレイちゃんが俺の誘いに乗ってくるなんて初めてだったからなー。はしゃぎすぎたかな?」
 シャオは茶化すように答えたが、彼の調子を崩したのは、何もそれだけではなかっただろう。むしろ、ミレイが見せた闇の一面について思いを巡らせ過ぎていたのが、彼女自身の不調に気付けなかった理由かもしれない。
「シャーン、シャオさんが急病人拾ってきたって!? あ、シャオさん。本当ですか!?」
 バタバタと足音がしたと思ったら、今度は珠姫が部屋に飛び込んできた。
「だから、シャーン言うなっ!!」
「やぁ、俺の嫁。拾ってきたっつうか、半分は俺のせいかもしれないっつうか。ミレイちゃん連れて来たら、倒れちまった」
「えっ、ミレイちゃんが倒れたんですか! っていうか、連れて来れたんですか?」
 シャインの抗議はものの見事にスルーし、珠姫は心配そうな顔をする。
「デートは全力で却下だけれど、祭りに行くのは構わないって言ったからな。あの子が脈ありな反応するの、初めてじゃね?」
「そりゃあ、初めてかもしれませんけど。大丈夫なんですか」
「今、雪弥に看てもらってるから大丈夫だろ」
 珠姫はそれを聞いて、雪弥のいるであろう奥の部屋に視線を投げ掛ける。
「一応病人のいる隣でぎゃあぎゃあ騒がないでいただけますか。煩いですよ」
 タイミングを見計らったかのように、雪弥がそこから再び顔を出した。
「雪弥! ミレイちゃんは大丈夫なの!?」
「ああ、あの子はミレイというのですか。ええ、今のところ落ち着いてますよ。倒れたのは熱射病のせいだけではなかったようですが……。シャオ様、彼女をどこで拾ってきたんですか」
「拾ってきたっつうか連れてきたっつうか……」
「あんな子をこんな場所に連れ出してきたのですか。しかも水分補給もさせずに?」
 雪弥の口調が、いつもにも増して冷たい。
「彼女、診察され慣れてましたよ。昔から体は強くなかったそうです。倒れたのも、今回が初めてではないと。他の心当たりについては、なかなか口を割ってくれませんが」
「ちょっと待て。診察され慣れてた? お前が手を伸ばした時、普通の反応だったって事か?」
「……何か心当たりがありそうですね」
「俺が手を出した時、異様に怯えられた。虐待を受けてた可能性があるってくらいの反応だ」
「ならばなおさら、こんな場所に連れてくるべきではなかったですね。もし虐待を受けていた経験があるのならば、彼女にとって人間の多くいる場所はリスク以外の何でもない。本人が平気なつもりでも、無意識のうちに負担がかかる場合があります」
 シャオと雪弥のの会話に、珠姫が遠慮がちに口を挟んだ。
「雪弥、ミレイちゃんには会える状態かな?」
「話すだけなら、構わないでしょう」
「分かった。ありがとう」
「いえ」
 雪弥に礼を言うと、珠姫は奥の部屋に足を運んだ。



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