お祭りと異世界人。

「あ、珠ちゃん! って事は……ここはお祭りの運営本部なんかな? うわー、結局わたしが迷惑掛けまくっちゃったな……」
 ベッドに座って何かしらの液体を飲んでいたミレイが、珠姫を見上げてそう言った。彼女の表情は、少しやつれて見える。
 彼女の腕には点滴が繋がれており、余計に痛々しく見えた。
「ミレイちゃん、災難だったね」
「へ? や、災難ってか、うっかりしすぎてた、みたいな。やっぱ、我慢せんとお水飲んどかんとアカンかってんなー」
「祭りに来るの、無理したんじゃないの?」
「うんにゃ。お祭りは好きやよ。お祭りの誘いじゃなきゃ、来ぉへんって。あ、さっきのお医者さんから何か聞いてんな? ホンマに、お祭りは好きやねんから。体調悪い時に、怒られたり、緊張したり、ヤバいな思ったり、迷惑掛けたらアカンとか思い詰めたりせぇへんかったら、わたしかて倒れへんし。ま、無理効かん身体なんは事実やけど、これでもこっち来て大分マシになってんで?」
 ミレイの笑顔が悲しくて、珠姫は思わず彼女の頭に手を伸ばした。
 反射的に身を竦ませる彼女の頭を、撫でる。
「珠ちゃん、ごめん。……情緒不安定なんか、今は余計なこと思い出して、怖いから」
「聞いて良い事かな?」
「いや、うちのマミィが殴んの大好きやってさ……。それ以上は、今は、勘弁して。泣いてまいそう」
「その母親に会う機会があったら、ミレイちゃんの代わりに殴り返しといてあげるよv」
「そんな事は実際には有り得ないって前提でも何かものめっさ想像できて怖いからやめて下さい、いや結構マジで。っつかまずその笑顔が清々しすぎておっとろしいです」
 ミレイは再び液体を飲む。
「これも生食かな? 熱疲労にしろ熱射病にしろ熱中症には水分塩分の補給が大事やのは常識にしても、よぅこんなんすぐ作ってのけたな、あのお医者さん」
「雪弥はあたしが知る中で最高の医者だからね! って、セイショクって何?」
「成程ー。プロ中のプロなんか。あ、生食は生理食塩水の略。体内の浸透圧と同じになるようにお塩を混ぜたって事。めちゃ大雑把やけど」
「むしろミレイちゃん、よくそんな単語がポンポン出てくるね? シャーンだって医者にかかってる歴長いだろうけど、あたし彼からそんな単語出てくるの聞いた事ないよ?」
「シャーン?」
「シャーンじゃねぇと何度言わすつもりだテメェ」
 部屋の戸口から呆れた声でシャインが言うと、ミレイは彼をしげしげと観察した。
「あの人、木の実くれたお兄さんにそっくりー。親戚の人なんかな?」
「うん? そんな事があったんだ」
 木の実が絡んだからには多分シャイン本人だろうなと思う珠姫に、ミレイは真面目に頷く。
「ん。木の実くれた兄ちゃんは、髪の毛黒かったけど。何て名前やったかなー、えーと、えええぇ……っと」
 ミレイは頭を抱えた。
「あかん、覚えてへん。人の名前覚えるんはやっぱ苦手やわ。最近、やっとシャオさんの名前をすぐに思い出せるようになったばっかやしなー」
「ミレイちゃん……一応、トレーナーなら各地方の皇帝の名前くらい覚えときなさいって言ったと思うんだけど」
「むしろお偉いさんやから分からへんのー。右から左に抜けてくのー。何回か話すとか、長い間話すとかしたら頑張って覚えんねんけど、普通そないな人達と一般人のわたしなんて縁あらへんやん? あ、で、あの人、シャーンさんじゃないなら、どなた様? 皇帝さんなんは今ので分かったけど」
「シャインだ。シャイン・ウォーカー」
「シャインさんですか。……あれ? 木の実くれたお兄さんも、言われてみたらそんな感じの名前やったと思うんですけど」
「俺だからな」
 あっさりと同一発言をするシャイン。彼の方でも、ミレイという名前を聞いて、以前一瞬だけ会った事があるのを思い出したようだった。
「へ? そうなんですか? あの時はありがとうございました。何だかまた迷惑掛けちゃったみたいで、すいません……」
「そう思うんなら、もっと自分を大切にしたらどうだ?」
「シャーンにだけは言われたくないと思うよ、それ」
 珠姫が茶々を入れると、シャインはいつものように怒る。
「だから俺はシャーンじゃねええぇぇぇ!!」
「珠ちゃん、珠ちゃん。この人、もしかしなくてもツッコミ性の苦労性?」
「よく分かったねミレイちゃん。ついでにコイツは重度の仕事中毒だから。持病完治してないのに無理して倒れてみたりするし」
「誰のせいだと思ってやがる……!」
 ミレイはキョト、と首を傾げて、改めてシャインをジッと見詰めた。
「持病? 完治してない?」
「本当は成長したら治るはずの病気なのに、無理を重ねたからまだ治ってないんだってー」
「……珠姫、要らん事をべらべらと喋るな」
「ふーん……。わたしはプロやないから、見ても分からへんけど……何なんやろ? 喘息? 心奇形なら、もっと早よ治るか、もう手術せなアカン歳やんな? 後は……精神病か、周期性嘔吐症くらいしか、思い付かんなぁ。ま、問診すんの苦手やから、楽しく予想するだけにしとくけど。あー……でも」
「でも?」
「何の病気にしろ、ストレスで悪化するものが大半なので、どうか適度にご自愛下さいね。無理な気もしますけど」
「お前は俺を慰めたいのかケンカ売ってるのかどっちなんだ」
「どっちかていうと同情してます。……あ、コップ空んなった。えーと、さっきのお医者さんは……」
 三人の視線が、戸口へ向かう。
「そう言えば、起きれるようになってから、シャオさんも見てへん」
「あー。シャオさんは今頃雪弥に説教されてるんじゃないかな」
 それを聞いて、ミレイは驚いたような顔をした。
「えっ? シャオさん、何もしてへんやろ? ちょっと、それは止めてこな」
「こらっ、まだ立たないの! ミレイちゃんが行く必要ないって」
 フラフラと立ち上がりかけたミレイを、珠姫が押し止める。
「第一、シャオさんが無理矢理ミレイちゃんを連れてこなかったら、倒れる事だってなかったわけで」
「いや、お祭りがあるって分かってたらシャオさん関係なく来てたと思うんやけど……あのー、聞いちょびん?」
 ふぅ、とミレイは嘆息すると、座り直した。
「とにかく、多分もう大丈夫やと思うし、そない心配せんでも。珠ちゃん達、今から何かあるんやろ? わたしに構ってる場合やないんちゃうん?」
「あ、まだ時間にはちょっと余裕があるから、その点は心配しなくて良いよー。ミレイちゃんも元気なら、飛び入り参加させてみたかったなー」
「シャオさんにも言われたし、答えたけど、無理やから。6匹全部戦闘要員なんてやった事ないもん。連れ歩いてるバトル要員は4匹が最大やし、ダブルバトルかてそこまで得意ちゃうし」
「4匹?」
 ん、と頷き、ミレイはベッドの横に置かれていた鞄からモンスターボールを4つ確認した。
「せやな、よぅ使う手持ちなら、アカツキと、コハクと、リーシャと、ルージュかな。リーシャの代わりにシラハに頑張ってもらう事もあるけど。どうしても全員戦闘要員にするなら……バトルのルール次第やなぁ。レベ50戦なら、シラヌイとウスバに手伝ってもらうんちゃうかなぁ? オープンレベルなら……アシュレイ、オクティ、スイエンに聞いてみる。正直、他の子達やとまだ育ててる最中やし、わたし瞬殺で負ける自信あるわ。皇帝さん達相手やったら、今言うた子でも負けるような気もすっけど」
「そう言えばあたし、ミレイちゃんのポケモンって見たことない」
「んじゃ、見る?」
 ミレイは無造作にボールを一つ、手に取った。
「アッキー」
 出てきたバクフーンは、珠姫とシャインを見て、怯えたようにミレイに寄り添った。
「この子がアカツキ。ちょっと臆病やけど、おかげで無茶な戦いかどうかが事前に分かるんよね。助かってるのー。んじゃ、次は……クーちゃん! リーシャ!」
 出てきたのは、デンリュウとエーフィだった。デンリュウは敬礼の真似事をして見せ、エーフィはトコトコとミレイの座るベッドの横に来るとそこに腰を下ろした。
「デンリュウがコハクで、エーフィはリーシャ。みんな、珠ちゃんとシャインさんやよー。強いのは見たら分かると思うけど、お偉いさんでもあるから、『いざという時』はちゃんと言う事を聞くんやで? 特に、珠ちゃんの言う事は絶対な!」
 ミレイはそこで一旦三匹をボールに戻した。
「で、ルージュ」
 ボールから出てきたミロカロスは、ミレイを守ろうとするかのようにその長い胴体で庇い、尻尾で主人の頭を撫でた。ミレイも、ミロカロスが撫でるのは平気らしく、気持ち良さそうに目を細める。
「この子達で、普段のバトルメンバーやのー。ルージュ、珠ちゃんとシャインさん。ちゃんとご挨拶せな」
 恐らく、今の4匹の中で最もよく育てられているであろうミロカロスは、ペコリと頭を下げた。
「な? わたしじゃ勝てそうにないやろ?」
 ミロカロスもボールに戻し、ミレイはそう締めくくる。だが皇帝達の見る限り、彼女のポケモンはチャンピオンになっただけはあると納得できる程度には育てられていた。
「えー、でも今度バトルしてみようよ。やってみないと分からないじゃん!」
「嫌や。絶対負けるもん。わたしセンスも体力もあらへんし。ポケモン交換なら好きやけど、バトルはあんま好きくない」
 確かに4匹ではイベントに参加しても不利かと考えた珠姫は、後日のバトルと言う形で食い下がってみたが、ミレイはそれも頑なに拒否する。
 とても、ジョウトでチャンピオンに挑戦した人物の態度とは思えない。
「今度他の子も見せるから、それで勘弁しておくりゃ?」
「ミレイちゃん、それどこの方言?」
「どこの方言でもないっ! 強いて言うなら音羽弁。……って、マジ時間!」
「そこまで気にしなくても、うちの職員達は優秀だから呼びに来るって」
「……それならええんやけど……って、何や声が聞こえんで?」
 ミレイに言われて耳を澄ませば、確かに、時間ですうぅ、と言う職員達の声が近付いてきている。
「ミレイちゃん、意外と耳悪い訳じゃないんだね」
「気を付けてれば人並みには。気ぃ付けてへんかったら何も聞こえません」
 んじゃ、頑張ってやで?
 完全に遠慮モードに入ったミレイは、笑顔でそう応援した。
「おう! もし大丈夫そうだったら見ててよ!」
「お医者さんが許可してくれたら見てるー」
 中継だけでも見れないかなぁ、と思いながら、ミレイは二人の皇帝を見送った。



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