雪に誘われしとき 03

 この寒さがなければ、まるで夢の中にいるようでした。
 流石に結界ごと壁がなくなれば、家の者も気付いたのでしょう。
 手に手に武器を携えて、白い息、白刃の煌き。
 顔から血の気が退く思いで、わたくしを庇うように立つ純白のローブに手を伸ばします。
 ……これでは、どちらが何をしようとしているのか、わかったものではありませんね。

「もうっ、武具が苦手な子の前で刃を抜くなんて……この家は躾というものがなっていないわ!」

 憤慨する女性は、未だに武具を開放する様子がありません。
 普通であれば気を揉むでしょう、けれども不思議とそのような感情は湧き上がってきませんでした。
 このお方は、遙か高みに立つお方。
 どうして、下々に合わせて、刃を抜く必要性がありましょうか。

「刃を抜く資格があるのは、やり返される覚悟のある者だけよ」

 じっと見ていた筈なのに、いつの間にか目の前には、ただの雪景色が広がっていました。
 女性の声と、鈍い音、くぐもった悲鳴だけが、聞こえてくる全て。
 ところどころで、光を鋭く跳ね返す煌きは、あれは雪なの、それとも……?
 純白の世界に真紅の華が咲くことを恐れて目を伏せると、頭の上にそっと手が乗せられました。

「この子に感謝するのね……。彼女が願うから、武器を壊すだけで済ませてあげたのよ?」

 慌てて周りを見ると、悔しそうにしながらも、誰一人として怪我はしていません。
 中には、どこか憑き物の落ちたような、清々しい表情をしている者もいるくらいです。

 改めて呆然とするわたくしに、ほら、行きましょう、と女性の声が促します。
 そうしてわたくしは、物心ついて以来初めて、家の外に足を踏み出したのでした。

 駆け寄ってくる子供たち、わたくしたちを取り囲みます。
 足を竦ませるのは、かつて言われた鬼子という言葉と、冷たい眼差し。
 怖いのは刃だけではなかったのだと、歯噛みした、その時……

「いつも怪我を治してくれてありがとう!」

 予想もしない言葉が掛けられ、

「逢えたらみんなでお礼しようねって言ってたんだ」

 見渡す限り、満面の笑顔が咲き誇り、

「お姉ちゃん?」

 気が付けば。

「って、ちょっと、お姉ちゃん泣かないで!?」

 気が付けば、両頬を雫が伝って……。

 嗚呼、わたくしがかつて、我が身には重過ぎると諦めた世界。
 人にもなりきれぬ脆弱な心身を持つ、呪われし鬼子だからと……。

 なのに、お礼を言うのですね。
 なのに、笑顔をくれるのですね。

 籠の外の世界もご覧なさい、と彼の女性は言いました。
 いつまでも、このまま嘆いて過ごすのかと。

 それは、こういうことだったのですね。
 わたくしは、わたくしなりの方法で、この世界の中、生きていたのですね。

「ありがとうございます……」

 涙ながらにお礼を告げると、彼女は少し困ったように口を開きました。

「感動してもらっているところを悪いのだけれど、他にも見てもらいたいものがあるのよ……」


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