この寒さがなければ、まるで夢の中にいるようでした。
流石に結界ごと壁がなくなれば、家の者も気付いたのでしょう。
手に手に武器を携えて、白い息、白刃の煌き。
顔から血の気が退く思いで、わたくしを庇うように立つ純白のローブに手を伸ばします。
……これでは、どちらが何をしようとしているのか、わかったものではありませんね。
「もうっ、武具が苦手な子の前で刃を抜くなんて……この家は躾というものがなっていないわ!」
憤慨する女性は、未だに武具を開放する様子がありません。
普通であれば気を揉むでしょう、けれども不思議とそのような感情は湧き上がってきませんでした。
このお方は、遙か高みに立つお方。
どうして、下々に合わせて、刃を抜く必要性がありましょうか。
「刃を抜く資格があるのは、やり返される覚悟のある者だけよ」
じっと見ていた筈なのに、いつの間にか目の前には、ただの雪景色が広がっていました。
女性の声と、鈍い音、くぐもった悲鳴だけが、聞こえてくる全て。
ところどころで、光を鋭く跳ね返す煌きは、あれは雪なの、それとも……?
純白の世界に真紅の華が咲くことを恐れて目を伏せると、頭の上にそっと手が乗せられました。
「この子に感謝するのね……。彼女が願うから、武器を壊すだけで済ませてあげたのよ?」
慌てて周りを見ると、悔しそうにしながらも、誰一人として怪我はしていません。
中には、どこか憑き物の落ちたような、清々しい表情をしている者もいるくらいです。
改めて呆然とするわたくしに、ほら、行きましょう、と女性の声が促します。
そうしてわたくしは、物心ついて以来初めて、家の外に足を踏み出したのでした。
駆け寄ってくる子供たち、わたくしたちを取り囲みます。
足を竦ませるのは、かつて言われた鬼子という言葉と、冷たい眼差し。
怖いのは刃だけではなかったのだと、歯噛みした、その時……
「いつも怪我を治してくれてありがとう!」
予想もしない言葉が掛けられ、
「逢えたらみんなでお礼しようねって言ってたんだ」
見渡す限り、満面の笑顔が咲き誇り、
「お姉ちゃん?」
気が付けば。
「って、ちょっと、お姉ちゃん泣かないで!?」
気が付けば、両頬を雫が伝って……。
嗚呼、わたくしがかつて、我が身には重過ぎると諦めた世界。
人にもなりきれぬ脆弱な心身を持つ、呪われし鬼子だからと……。
なのに、お礼を言うのですね。
なのに、笑顔をくれるのですね。
籠の外の世界もご覧なさい、と彼の女性は言いました。
いつまでも、このまま嘆いて過ごすのかと。
それは、こういうことだったのですね。
わたくしは、わたくしなりの方法で、この世界の中、生きていたのですね。
「ありがとうございます……」
涙ながらにお礼を告げると、彼女は少し困ったように口を開きました。
「感動してもらっているところを悪いのだけれど、他にも見てもらいたいものがあるのよ……」