そう、依頼を受けた翌日、わたくしはお姉様に連れられ、研究所を目指しました。
嫌な気配が強すぎて、わたくしでは太刀打ちできるような気がしないほど濃厚すぎるものだったので、本当は留守番していたかったのですが。
わたくしがぐずる度にお姉様が困ったような顔をするのに耐えられなくなりまして……一人で過ごす自信もなかったこともあったので、ついていかざるをえなかったのです。
鬱蒼と茂る森の奥、だと聞いていました。
正直、もっと木の根に足を取られるような、歩きにくさを覚悟していたのですが。
拍子抜けるほど、あっさりと。
というのも、その建物は、周囲から浮き上がっていたのです。
これが、せめて道が手入れされていたであるだとか、そうであれば、あそこまで浮き上がった印象にはならなかったでしょう。
けれども、そう、もう死の気配が撒き散らされていた影響か、枯れた大地が行く先を示していました。
本来はもっと噎せ返るような緑が香る筈なのに。
同じ噎せ返るにしても、あの臭気は……そう、今ならばこう言える、あの血生臭さは……。
ただでさえ得体の知れぬ冷気が強まってきて背筋が凍えそうなのに、流離う中でお馴染みとなりつつあった魔性のモノ特有の気味悪い瘴気まで漂ってくる始末。
人の世の理に反する存在が、歓喜に震える気配さえ感じられるようでした。
そのような時でもお姉様は動じる様子なく、颯爽と足を進めていました。
わたくしはスッと筋の通った背を見失わないよう追いかけるのに一生懸命でしたが、後から考えるに、お姉様は随分わたくしに気を遣ってくださっていたのだと思います。
いくら大地の一部が干乾び掛けていたとはいえ、森の名残を留めていたあの地を、わたくしが普通に通り抜けられるとは思えませんもの。
滅多に手に入らない活気に溢れた栄養分を狙い伸ばされた枝葉や蔓を、或いは鞘で打ち払い、或いは燃やし、わたくしが無事に歩けるように導いてくださっていたのではないでしょうか。
偵察、という依頼だとわたくしは認識しておりましたが、何せ、マズイ研究という前情報の意味を分かっていらっしゃったであろうお姉様の頭の中では、最初から結末が想像できていた可能性が高いです。
わたくしという、戦闘や隠密に係る行動には悉く不利となる足手纏いを連れての偵察は……わたくしの一人でのお留守番と、どちらが危険か、どっこいどっこいのような気がしますしね。
森の奥の筈なのに、完全に精気の失せた大地が剥き出しになるほんの手前で、立ち止まったお姉様が目を細めました。
何故、そんなことを覚えているかって?
わたくしもその時、お姉様とほぼ同じモノを感じて、思わずお姉様の純白のローブを握りしめてしまったからです。
――嗚呼、その嘆きは。
――嗚呼、その絶望は。
如何ばかり、だったでしょう。
恐らく、あの時、ある程度神格の高い『神の眷属』たちは皆、わたくしたちとほぼ同じモノを感じたに違いないのです。
あの場のすぐ近くにおり、アレに加えて直接その感情の余波まで浴びたわたくしの受けた衝撃も相当でしたが、神格の高い方であれば、距離を隔てていようとも、或いはわたくしよりも明確にアレを感じた可能性さえあります。
呆然と、愕然と、しそうになりました。
あの時、すぐに我に帰れたのは、お姉様のおかげ。
瞬き数回分ほどの間、目を伏せたお姉様が。
その次には凛とした眼差しで。
ただ真っ直ぐに。
その先には。
……わたくしは、お姉様のローブの裾を放し、一歩、後退りしました。
凍てつく冬の夜空、冴えわたる月の輝きに触れて陰らせるなんて、おこがましいことはできませんから。