そらに芽吹くとき トキ編04

 そこに広がっていたのは……正しく、地獄絵図と言って差し支えなかったでしょう。
 地獄、という言葉で想像される光景が、宗教によって異なることは百も承知で……敢えて、言わせていただきました。
 いえ、それどころか、本物の地獄よりもいっそ残酷で醜悪であったでしょう。
 もしも言葉通りの地獄であれば、彼等はそこにはいなかったでしょうから。
 そう、悪人を裁くために存在するのが、本来の地獄の役割であるならば。

 如何にわたくしが世間知らずで箱入りだったと言えども。
 壁に咲く鮮やかな彼岸花が、錆び付いているのを見れば。
 人工的な蜘蛛の巣が、風の唸りで欠片を落としながら広がるのを見れば。
 糸の切れた操り人形が、子供の粘土細工の成れの果てが、無造作に打ち捨てられているのを見れば。

 ゆうらり、ゆらりと枯れ尾花。
 それは本当に枯れ尾花?

 悪魔の玩具箱に迷い込んだわたくしたちは、彷徨って、彷徨って。
 お姉様は淡々と歩まれますし、声を出しての会話など、恐ろしくて試せませんでした。
 わたくしは、精神が少しずつ蝕まれていくのを感じながらも、何も言えなかったのです。

 少しずつ違う、けれども本質的には全く変わらぬ、四角く無機質な監獄が続きました。
 生命の息吹など無く、果てなき迷宮に囚われたような錯覚すら覚えました。

 堕天使の箱庭の奥深く、秘密の花園まで辿り着いた頃には、現実感が擦り切れそうで。
 既に使い物にならなくなっていた嗅覚同様、摩耗していた感情を麻痺させ、心に忘却と現実否認の鎧を纏いそうになっていた、その時。

 再び、響いた衝撃。
 悪霊の哭き声。
 灯が、またほんの少し、けれども一つではなく幾つも、薄れていった気配。

 打撃を受けた魂が、罅割れるかと思いました。
 けれども、纏いかけていた鎧を完膚なきまでに粉々にされ、吹雪に晒されたからこそ、見えたものがあったのもまた事実。
 それは、お姉様が何故引き返さなかったのかにも、深く係ること。

 粘り付くような悪夢の中で揺らめき足掻く、幽かな灯。
 底なし沼に沈んでしまう前に……。

 たとえ汚泥にまみれようとも、お姉様はそうと決めた相手には手を差し伸べるのです。
 かつて、わたくしを籠から解き放ったように。

 嵐の前の静けさが、終わりを迎えようとしていました。


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