そらに芽吹くとき トキ編05

 地下深く、研究所の最奥は。
 わたくしたちが辿り着いた時には、既に、崩落の兆しを見せていました。
 一日にも満たない時間の中で散々見慣れた異形のモノが、相変わらず襤褸雑巾のように無造作に打ち捨てられていました。

 あるモノは、何かしらの形を留め。
 またあるモノは、……。

 今までと異なったのは、それぞれに「生温かさ」があり。
 それまでの静寂が嘘のような喧噪の中で「うしなっていく」モノ、その瞬間にわたくしたちが居合わせたこと、でしょう。

 悲鳴を、上げることができたら。

 きっと、わたくし、今この場にいなかった可能性が高いですわね。
 実際は、限界を振り切りそうな感情に喉が痙攣してしまい、みっともなく細い息がヒュッと出てきただけでした。

 錯乱することが、できたなら。

 そもそも、あそこに辿り着く前の光景で十分に気が触れていたと思いますが、その決定的な瞬間で限界を超えたとすれば、わたくしは。
 お姉様の期待に応えられなかったことを、一生悔いて過ごしたのでしょう。
 実際は、混乱の坩堝に叩き落された思考が一周回って、一種の開き直りにも似た危うい均衡の上に保たれました。

 もしかしたら、あの時、神様が特に気を向けていてくださったのかもしれません。
 わたくしの為すべきことを、今こそと。

 危うい均衡の上で保たれた精神は、異常な考え方をするものです。

 でなければ、わたくしがお姉様を差し置いてあの場の主役のように振る舞うことなど、なかった筈ですわ。

 この狂気にまみれた世界の中、救いを求める声無き声が。
 消えゆく輝きが。
 わたくしを、捉えてしまったのです。

 覚束ない足取りだったでしょう。
 わたくしの姿は、幽鬼のようであったでしょう。
 あの時のわたくしの力では、変質してしまったモノまでは救えなかった。
 触れることすらできなかった。
 けれど、まだ、同胞の気配を色濃く残すモノに、手を伸ばし……弾かれ……。
 呼ばれるままに、最奥の最深まで、ああ、いつの間にか。

 震える指先で、最後にようやっと彼等に触れました。
 腕一本持ち上げることのできなかった彼等。
 灰色の無機質な輝き持つ瞳から、灯が掻き消えた瞬間。

 背筋が伸びました。
 腹の底から力を入れました。

 渇望と絶望の果て、諦観で全てを覆い、輝きを失い……。
 恨みも怒りもある中で、彼等は。
 わたくしに伝えようとした、その思いは。

 ―― ハヤク ニゲテ

 あまりにも哀しくて、悔しくて。
 つらくて、苦しくて。

 ねぇ、見ず知らずのわたくしを気遣って、どうするの。
 わたくしの目の前で逝ってしまうの?
 その、嘆きに溺れた魂、ようやっと触れることのできた灯を、捨てるというの?

 ああ、もう、感情がごちゃまぜで。
 それでも、願うことが一つだったから。

 わたくしは、その継ぎ接ぎだらけの身体を抱きしめました。

 神様。
 神様。

 どうか、お救いを。


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